呪いの逆槍2

 心配していた階段は意外にも普通で、カナメ達は早々に2階層に辿り着く。

 だが、そうして降りた先の2階層は……やはり、1階層と似たような光景。

 だが、決定的に違うものがある。


「うわあ……今度はこうなるわけだ」


 そう呟くアリサの目の前に広がるのは、燃える街並み。

 燃え盛る木々と、建物の窓から噴き出す炎。

 地面……いや、天井には人間の死体のようなものが転がっている。


「……やはり、見覚えはありませんね」


 フェドリスはそう呟き、少しだけ安堵したように息を吐く。

 ダンジョンの「地面」を走る人間の話を聞いた時、飲み込まれた村の人間の事をフェドリスは想像していたのだが……どうやら、違うらしい。

 天井の「地面」に転がる男の死体は苦悶の表情を浮かべているが、フェドリスの全く知らない顔だ。

 恐らくは木と同じようにダンジョンの装飾物なのだろう。

 そう考えカナメ達は進もうとして……しかし、そこにレヴェルの声が響く。


「あら? でもあの死体、おかしくないかしら」


 おかしい。その言葉に、全員が一斉に天井を見上げる。

 冒険者にとって「おかしい」というのは最優先で反応すべきキーワードだ。

 違和感は放置すれば致命的なミスに繋がり、致命的なミスは死を招く。

 故に「おかしい」と思ったのであれば「勘違いであり、おかしくない」か「確実におかしい」のかを調べなければならない。

 そうして見上げた死体は、どう見ても「殺された」死体だ。

 ……だが、アリサがすぐにその違和感の正体に気付く。


「あ、なるほど。ありゃおかしいや」

「確かに。全てがおかしいせいで、逆に気付かなかったですね」

「え? ごめん、俺分からないんだけど」

「私も分かりませんわ……」


 何か分かった風のアリサとイリスと違いカナメとエリーゼはそう言って疑問符を浮かべ、オウカも同様の表情を浮かべている。


「足元です」


 そんなカナメ達3人に、ルウネが「地面」に倒れている男の足元を指差して。ようやく気付いたソレに、カナメ達は「あっ」と声をあげる。


「あれって……グリーブってやつだよな?」

「ですわね」


 そう、それはグリーブと呼ばれる脚を保護する防具だ。

 もっと言えば、金属製の全身鎧でいう脚から下の部分。

 男の着ている布の服に合わせるならばアリサのようにブーツであり、そんなものを着けているのは理屈に合わない。


「可能性として考えられるのはアレが魔力体ゴースト入りの動く死体デッドマンか、そもそもダンジョンの装飾物だから「おかしいけどおかしくない」ってところかな?」


 試しにカナメが撃ってみれば分かるのだろうが、そうする事によって発動するなんらかの罠だった場合はあまり面白くない結果になる。


「……無視しよう」


 考えた末に、カナメはそう結論する。

 ここであまり時間を使っているわけにもいかないし、「おかしい」ものを「そういうもの」と結論する勇気もまた必要だ。


「アレが襲ってきたとしても、見たところ弓は持ってないし。どうにでもなると思う」

「ああ、確かにね」


 カナメの意見に全員が同意し、再び奥へと進んでいく。

 今回の「燃える町」はその炎のせいか少し暑いが、逆に言えば邪妖精イヴィルズの類が隠れるスペースがない。

 つまり家の中から突然出てくることもないし木陰に隠れた狙撃手がいる心配もない、のだが。

 先頭を歩いていたルウネが、手を伸ばし「止まれ」の合図を出す。

 一瞬遅れてアリサもそれに気付き「あー……居るね」と呟く。

 

「カナメ、エリーゼ! どっちでもいい! 前方の天井に火以外の攻撃!」


 叫ぶアリサに反応し、エリーゼが杖を構えて。しかし、その瞬間にはカナメが天井に向かって矢を放つ。

 放たれた青い矢は解け、水流となってアリサの示した地点を勢いよく洗い流す。

 ギエッ、と悲鳴のような音が聞こえたその後には変わらず燃え盛る町が残るが……どうやら、そこに何かが居たらしいということは全員が理解できた。


「今、確かに声が……」

火の魔力体ファイアゴーストだね。あんなもんが隠れてるなんて……なるほど、他の連中が階段じゃない方向に行ってたのが理解できたよ」

「どういうことだ?」

「死ぬリスクを避けて、宝箱の回収などに走ったのでしょうね。ダンジョンの宝箱は自動で補充されたり移動したりしますから、枯渇するということはないですし」


 1階層の邪妖精イヴィルズであれば、弓や魔法があれば簡単に倒せるし見つけられる。

 しかし、消えない炎の中に隠れる「意志持つ炎」である火の魔力体ファイアゴーストは見つけにくい。

 しかも、初手を許せば大惨事になる可能性すらある。

 徹底的にリスクを避けようとするならば、1階層で宝箱探しをしていたほうがマシというわけだ。


「あ、でもさ。宝箱も天井にくっついてるって話じゃなかったか?」

「いくらでもやりようはあるでしょ。棒を使うとかさ」


 実際にどうやっているかは冒険者によるのだろうが、開けられない宝箱などないというのがアリサの持論でもある。


「とにかく、進もう。こんな階層は、さっさと抜けるに限るよ」

「だな」

「ですわね」


 全員が頷き、その足は自然と早まっていく。

 ……だが。


「ぎゃああああ!」


 進もうとしたその先で響く悲鳴と、燃え盛る何か。

 響く剣戟の音に、アリサとカナメは顔を見合わせる。


「……走ろう!」


 遠距離戦であれば聞こえるはずのない剣戟の音。

 その異常を確かめる為、カナメ達はその場所へ向かって走る。

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