呪いの逆槍

 呪いの逆槍。あらゆるものが逆さまのダンジョン。

 一体どのようなものかと想像しながら長い階段を降りた先は……何処までも広い空間だった。


「え……?」


 聖国のダンジョンのような迷宮を想像していたカナメがそんな声をあげたのも無理はない。

 壁も何もなく、床は黒いつるりとした、薄く発光する材質。

 これでは迷宮ではなく大広間だ。

 だが、本当に驚くべきはそこではない。


「確かに建物、ですわ……」

「どういう構造になってるんでしょうね」


 エリーゼとイリスが見上げた天井にあるのは、無数の建物や木々。

 時折音を立ててざわめくソレは、本物かは分からないが確かに木々であり……たとえるなら、自然溢れる街であった。

 石造りの街は確かに「逆さま」に其処にあり、それが何とも不気味であった。


「あんた等初めてか?」


 カナメ達の後に入ってきた冒険者パーティのうちの一人が、ダンジョンの中を見回すカナメにそう声をかけてくる。


「こんだけ障害物が無けりゃ攻略も簡単そうに見えるけどな。気をつけた方がいいぜ、このダンジョンはかなり性格が悪い」


 そう言って去っていく冒険者に「ありがとう」と礼を言いながら、カナメは冒険者の男の言っていた事を反芻する。

 性格が悪い。それはどういう意味なのか。


「とにかく、進んでみよう。地図屋で買った地図だと、真っすぐ進むと次の階層に行けるらしいけど」

「よし、じゃあ行ってみようか」


 アリサの号令に従い、とりあえず前へと進んでいく。

 他の冒険者達が色々な方向に進んでいるのは気になったが、宝箱などを探している冒険者であればそうすることもある。

 カナメ達の目標はそれではないのだから、ただ真っすぐ進むのが正しい。


「カンテラ要らずってのも楽でいいけど……見渡す限り敵が見えないっていうのも逆に不安になるね」

「逆に言えば、敵が出ればすぐ分かるということではありますよ」


 アリサとイリスの会話にエリーゼも頷いているが……確かにこれでは敵が現れればすぐ分かる。

 そういう意味では非常にやりやすいということになるが、先程冒険者の男が言っていた「性格が悪い」というのは何なのか。

 チラリとカナメが上を見上げれば、そこには逆さまの街と……揺れる木々がある。

 一体どういう理屈でこんな奇妙な光景が成り立っているのか。気味の悪い光景からカナメは目を離そうとして……そこに、ふとした違和感を感じる。


「……ん?」

「どうされましたの、カナメ様?」

「いや、今何か木の中で動いたような……」


 気がする、と。そう言いかけた直後、天井からキラリと光る何かが飛んでくる。


「……!」


 即座に飛び出したイリスが盾を構え天井から飛来したソレを弾き飛ばす。

 軽い音を立てて床に転がったソレは……一本の、矢。


「これは……」

「まだ来る!」

物理障壁アタックガード!」


 天井から連続で飛来する矢をイリスの展開した透明な障壁が弾き飛ばすが同時にギイ、という無数の鳴き声が周囲から響く。

 近くの建物のドアを開け飛び出してくるのは、やはり邪妖精イヴィルズ

 そして、その全てが弓を構えている。


邪妖精イヴィルズ……! まさか、天井……いえ、「町」の中にいるのですか!?」

「なるほど、確かにこいつは性格が悪いね!」


 この場には、何もない。

 アリサの跳躍ジャンプでも流石に高い天井の「町」には届かず、届いたところで長居できるわけではない。

 となると、頼りになるのは遠距離攻撃のみ。

 更に言えば、遮蔽物のないこちらは身を隠せず、あちらは町という遮蔽物に身を隠せるし……それを警戒しながら進まなければならないのだ。


「問題ないよ。見えてれば、どうにかなる」


 だが、そう言ってカナメは弓を構える。

 腕だろうと顔だろうと目だろうと、何処でもいい。

 

矢作成クレスタ逃れ得ぬ風の矢ハルティールアロー


 見えてさえいるならば、逃れ得ぬ風の矢ハルティールアローは絶対に標的を逃がさない。

 だから。放たれた半透明の矢は、天井の「木」へと勢いよく吸い込まれ邪妖精イヴィルズの断末魔を響かせる。

 狩人の如く木陰を遮蔽物にして隠れていた仲間が撃たれたのに驚いたのであろう邪妖精イヴィルズの無数の声が響き慌てたようにカナメへと弓を向けるが、もう遅い。


矢作成クレスタ炸裂する風爆の矢ボムウィンアロー


 放たれた矢が天井の町へと向かい……やがて邪妖精イヴィルズ達を吹き飛ばす強烈な風が吹き荒れ、天井からも余波と思わしき風が吹き下ろす。


「きゃ……!」

「おっと」


 よろめきかけたエリーゼをカナメが支え、その背後ではイリスがオウカを支えている。

 通常であれば木など吹っ飛ばしていたであろう強烈な風はしかし、天井の木を大きくざわめかせただけで終わる。

 勿論、町の建物にも何の影響も見られない。

 だが、そこに居たであろう邪妖精イヴィルズ達の声はもう聞こえない。


「やっぱり、木に見えてもあれはダンジョンなんだな……」


 木など森ごと吹き飛ばすカナメの矢が、吹き飛ばせていない。

 それはつまり、あの木がダンジョンの壁と同じ何かであることを雄弁に語っている。


「おつかれさま、カナメ」

「ああ。他には居ないみたいだな」


 言いながらカナメは天井の町を見上げるが、建物の中のような見えない場所に隠れられてしまっていたら発見できない可能性もある。

 だからこそ、人も何かに襲われた時に建物の中に隠れるのだから。


「面倒だね。破壊できない遮蔽物の中に隠れるモンスター……対するこっちは隠れる場所がない。おまけに近接攻撃も封じられてるときてる。どうしたもんかね」

「……手はあるよ」


 アリサの呟きに、カナメはそう答える。


「まあ、今は人目が多すぎるから使えないけど……ある程度潜ったら、使えると思う」

「あ、そっか。ひょっとして……アレ?」

「そう、アレ」


 何かを分かったように頷き合うカナメとアリサにオウカが妙な顔をしていたが……それに納得したらしいアリサは、さっさと歩みを再開するのだった。

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