厄介事がやってきた

「無事に打ち解けたようだね。よかったよかった」

「……本当にそういう風に見えてる?」

「見えてるとも。今体感したと思うが、彼女は男を嫌っていてね。でもまあ、まともに会話出来るならどうにかなるだろ?」

「ならないって。ていうか、なんでラファエラが一緒にいるのはダメなんだ?」


 なんとか少女を押し付けようとしてくるラファエラをカナメが軽く睨めば、ラファエラは肩をすくめてみせる。


「私は私でやることがあってね。彼女の護衛をしている暇はないんだ」

「だからって……」

「その辺で暇してる奴に押し付けてもいいなら私だってそうするがね。そういうわけにもいかないだろう?」


 それは、確かにそうだ。

 無限回廊で見たシュルトの未来のような、「護衛の冒険者に殺されてしまう」ような事がないとは言えない。

 特にこの町は、先日の人買い集団のような連中がウロウロしているのだ。

 押し付けた相手がその類でないと、どうやって判断するのか。

 それを考えると、ラファエラの言っている事は真っ当に思えてしまう。

 ……まあ、だからといってカナメ達が押し付けられる理由になりはしないのだが、それはさておき。


「そっちのメイドナイトは彼女の事情を知ってるみたいだけど、それを聞いたらやる気が出るんじゃないかい?」

「そういえば……」


 確かに、ルウネは少女の正体を知っている風だったと思い出しカナメがルウネへと振り向くと、ルウネは肯定するようにコクリと頷く。


「簡単に言うと、ですけど……」


 言いかけて、ルウネは周囲に視線を巡らせる。

 この騒動が面白いのか、周囲には聞き耳を立てている野次馬がたくさんいるが……イリスが「散りなさい!」と叫んで足踏みで大地を揺らすと、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「亡国の姫です」

「……」


 ルウネの言葉が間違っていない事を証明するかのように、少女はラファエラの背中に隠れるようにして服をぎゅっと握る。


「具体的には、ジパン国家連合の魔術国家群の一国、ジキナイト王国の第一王女、オウカ。伝え聞く特徴とは一致してるです」

「……そうよ」


 ルウネのその言葉に少女は観念したように呟き、ラファエラの陰から出てくる。


「私はジキナイト王国第一王女……いえ、もう「元」ね。名前はオウカ・シュヴェルク・ジキナイト。私にはどうしても、やらなければならないことがあるの。だからお願い。力を貸してちょうだい」

「だから私は嫌だって言ってるじゃないか」


 服をぐいと引っ張られたラファエラが、嫌そうな顔でそう答える。


「彼等でいいじゃないか。信用できるよ?」

「貴女がいいのよ」

「私はやだ」


 ぷいとそっぽを向くラファエラの服をオウカがぐいぐいと引っ張るがラファエラはそっぽを向いたままで、それを見兼ねたエリーゼが仲裁するように前に出る。


「オウカさん。どうしてそこまで彼女にこだわるんですの? 確かに魔人というのは珍しいですけども」

「……それは」

「背負ってるモノ絡みだろ? 言っておくけど、ソイツの事は私に聞かれても答えられないぜ」


 そっぽを向いたままのラファエラの一言に、オウカは一気に警戒するような表情に変わりラファエラから離れる。

 ようやく解放された爽快感からか、ラファエラは笑顔を浮かべ……オウカの背負った荷物袋を指差す。


「なんで知ってるかって聞きたいのかな?」

「……そうよ。私、まだ一度も貴女に話してなんていないわよ」

「見れば分かるさ、知ってる気配だからね。となると何となく、君の目的も見えてくる」


 笑顔のままのラファエラだが……その瞳は、全く笑っていない。

 愚か者を見るかのようなその目は、ぞっとするような冷たさを周囲にもたらして。

 恐らくは初めて見せているのであろうその雰囲気に、オウカが青ざめ後退る。


「私としては、あんな鉄屑に執着する君が非常に可哀想でならない。だがまあ、愚かさにこそ切実なる願いは宿る。そういう意味では、一概に無意味と断じる事もできないわけだが」

「何を、言って……」

「私は君の目的には不適格という話さ。そういう話は、そっちのカナメ君の方が真剣に聞いてくれる」


 そう答えると、ラファエラはウインクして「じゃ、後は任せたよっ」と明るく笑い走り去っていく。

 その背中をオウカは茫然としたように見送り……すぐ近くに居たエリーゼの肩をがっしと掴む。


「えっと……名前も知らない貴女!」

「エリーゼですわ」

「エリーゼ! 貴女なら分かってくれるわよね!?」

「そ、そう言われましても……私にはなにがなんだか」


 曖昧な笑顔を浮かべるエリーゼに、オウカは周りを見回し……未だ睨みをきかせているイリスの人除けが効いている事を確認したうえで、ぼそりと小さく呟く。


「……魔操巨人エグゾード

「え……!?」

「私は、太古の魔人が使ったという究極の魔法装具マギノギア魔操巨人エグゾードの研究をしているの。この研究が完成すれば、魔動人形ゴーレムは古代の域にまで一気に進化する可能性があるわ。でも、だからこそ……奪われるわけにはいかないの」

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