ダンジョンへ出発2
その少女に特筆すべき点があるとすれば、着ている灰色の厚手の服だろう。
上着にもズボンにも大きなポケットがついており、頑丈そうなブーツと合わせ妙な統一感がある。
背負った荷物袋は何を入れているのか大きく膨らみ、ラファエラにしがみ付き引きずられたまま、重そうな音をたてている。
長い黒髪は後ろで簡単に纏められているだけで、あまり頓着していないのがうかがえる。
全体的に並べるならこんなところだが……カナメはその少女の格好に、強い違和感を覚える。
強いて言うなら、カナメやアリサが着ている旅人服とは意匠が違いすぎるのだ。
「あれは仕込み服、です。連合で英雄王が広めた「作業服」の影響を受けてると思う、です」
「へえ……」
「元々仕込み服が完成されてたですから、あんまり流行らなかったです。英雄王縁の品ということで、一部にデザインを残すのみです」
ルウネの説明にカナメはなるほど、と頷く。ファッションの流行は巡ったり繰り返したりすると聞いた事があるが、つまりはそういうことなのだろう。
あるいはクラシックスタイルとかそういうものかもしれないが……違和感の正体はそういうことなのだろう。
「でも仕込み服って確か商人とか罠士とかの……だったよな?」
「別にそれ以外が着ちゃいけないってわけじゃないよ」
カナメとアリサはそんな事を言いながら、ラファエラに引きずられても離さない少女を見る。
何やら必死な様子だが……その様子に根負けでもしたのか、ラファエラがピタリと止まって少女に振り返る。
「……いい加減離してくれないかな」
「だったら私の依頼受けてよっ!」
「嫌だね」
「じゃあ離さない! ぜーったい離さない!」
ラファエラは溜息の後に再び少女を引きずって歩き出すが……そのあまりにも奇妙な光景に、周囲の冒険者達も興味津々の目で二人を眺めている。
「あれって……あの変人だろ?」
「ああ。今度は噂の魔人に目をつけたのか」
「まあ、変な奴同士ぴったりなんじゃないのか?」
そんな声が周囲から聞こえてくるが……少女を引きずっていたラファエラの動きが止まり、勢いよく振り向きカナメを捉える。
「うわっ、見つかった」
「ずっと見てるからでしょ」
カナメの頭をアリサがコツンと叩くが、そう言うアリサとて好奇心を隠せていない。
宿での話し合いの時、ラファエラは「君達とは今回一緒に行かないよ」と言っていたのだが……その彼女がこんなところで何をしているのか、アリサも気になったのだ。
「やあやあ、奇遇だね!」
少女をズルズルと引きずって歩いてくるラファエラに、カナメは片手をあげて「やあ」と返す。
そして、そのあげた片手をそのまま少女を指差す形に変え……「どしたの、それ」と疑問をぶつける。
「どうしたもなにも。私にダンジョンの護衛をしてほしいと依頼をしてきてね。断ったらこうだよ」
「いいじゃない! 見てたけど貴方、ずーっとソロじゃない! ほんのちょっと私の依頼で潜ってくれたっていいでしょ!」
「だから私は暇じゃないって言ってるだろ。他をあたりなよ」
「やだ! だって女冒険者のソロなんて他にいないもん!」
あ、やっぱりラファエラは女の人でいいんだ……などとどうでもいい事を考えながら、カナメはラファエラにしがみ付いたままの少女に声をかける。
「あー……とりあえず、事情は分かりませんが、とりあえず手を離してみては? 場合によっては俺も取りなしますから」
「え?」
その言葉に少女はラファエラからは手を離さないままカナメを見上げ……ぷいっと顔を背ける。
「男は嫌いよ。エロい事しか考えてないもん」
「ちょ、ちょっと貴女! カナメ様に対して失礼が過ぎるのではなくて!?」
少女の暴言に近い台詞にエリーゼが我慢できずに口を出すが、少女はそのエリーゼをも睨む。
「だって男はどいつもこいつも同じじゃない! 口でカッコつけても皆、頭の中はそればっかり! そいつだってそうなんでしょ!?」
「そうだったら苦労はありませんわよ!」
売り言葉に買い言葉。思わず言い放ってしまったという勢いのエリーゼの言葉に、カナメが「えっ」と声をあげるが……言ってしまったエリーゼ本人の顔が瞬間的に真っ赤に染まる。
「ち、ちが、ちが……違うんですのよ! 私はそんな!」
「あ、ああ。分かってる。大丈夫」
何が違うのかも大丈夫なのかも言っている本人達は分かっていないだろうが、見ていたアリサはお腹を抱えて笑っているしイリスも慈愛に満ちた表情を浮かべている。
ルウネはいつも通りの眠そうな表情だが……このままでは収拾がつかないと判断したのだろう、ラファエラにしがみ付いたままの少女に近寄り顔を近づける。
「な、なによ」
「つい最近、連合の魔術国家群で。勢力図に変化があったと聞いたです」
その言葉に、少女はビクリと大きく震える。
「潰れた……潰されたのは、ジキナイト王国。表向きには革命ですが、主導したのは同じ魔術国家群の何処かの国だと聞いてるです」
「……何が言いたいのよ」
「王族が、一人だけ行方不明。名前は」
ルウネがそれを言う直前に、少女は勢いよくラファエラから離れ立ち上がる。
「……もういい! 私一人で行くわ……ぐえっ!?」
「まあまあ、落ち着きなよ」
即座に身を翻そうとした少女の襟を掴み、ラファエラはぐいと引き寄せる。
「何すんのよバカ!」
「バカは君だ。私は何度も言うが忙しくてね。そこのお人好しを紹介してあげようってわけさ」
「いらないわよ! 男なんて!」
「そう言うなよ。そこのお人好しは、あれだけ美人に囲まれてるのにロクに手を出さない超紳士だぜ?」
言われて少女は信じられないという顔をした後、カナメをじっと見て。
「……アンタ、男が好きなタイプの奴なの?」
「なんでそうなるのかなあ……」
カナメは言いながら、頭痛を抑えるように額に手をあてた。
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