その夜

 夜。誰もが寝静まった後。

 酒場や娼館のある区域ではまだこれから、といった風ではあるが……宿屋の集まる区域でこの時間に騒ぐのは野犬くらいのものだ。

 だが、そんな時間に金の粉雪亭を囲む複数の影がある。

 手に武器を持ち、剣呑な雰囲気を漂わせた彼等の中には、昼間のひょろ男も混ざっているが……刃を黒く塗った「手慣れた」感のある者も混ざっている。

 それもその筈で、彼等はラファエラの言っていた「違法な人買い」の手勢である。

 ひょろ男に「美人を大勢連れた金持ちの坊ちゃんぽい奴がいる」という情報を渡されたその人買いが、他の町での目撃情報や「魔人」の目撃情報を合わせカナメのいる宿を突き止めたわけだが……これだけいるとなれば、ちょっとの危険を犯しても行動する価値がある……と。そんな計算を働かせたのだ。

 もうちょっと情報を真面目に集めればその中にレクスオール神殿の神官騎士という一騎当千を文字通りに実現する危険物が混ざっている事や、カナメの立場が聖国のクランマスターという重要人物であることも分かったのだろうが……そこまで真面目であれば、違法な人買いなどやっていない。

 男達は無言で頷き合い、金の粉雪亭の鍵を開けようとして。

 そこで、鍵を弄ろうとしていた罠士が巨大な鉄輪に拘束され地面に転がる。


「んなっ……がっ!」

「わあっ!?」


 次から次へと巨大な鉄輪に拘束され地面に転がる仲間を見て、襲撃者達はざわめくが……やがて、一人の男が「上だ!」と叫び……その男に鉄色の矢が命中し、その矢が変化した鉄輪に拘束される。

 残った襲撃者達が慌てて見上げたそこには……屋根の上に立つ、黄金の弓を構えたカナメの姿。

 満月には程遠い欠けた月の下で輝く……歪に欠けた月のような弓。

 そこから放たれる弓は命中すると同時に男達を拘束する鉄輪に変わっていく。

 避けるには早すぎて、防ごうにも防いだ瞬間に拘束されてしまう。

 

「や、やってられるか!」


 ならば、逃げるしかない。

 叫び逃げ出す襲撃者達の一人を鉄輪が拘束し、逃げ出そうとした別の襲撃者の眼前にはまるでカブトムシを人の形に変えたかのような男が立ち塞がる。


「ひっ……」


 殴り倒される仲間を見捨て、他の男達が路地裏に逃げ込むが……その瞬間、逃げ込んだ男達が吹き飛ぶようにして表へと吐き出される。

 そこから出て来たのは、紫の髪の鎧纏うメイド。

 それがメイドナイトである事を理解した一部の者は小さい悲鳴をあげるが、別の路地裏からは鈍い音と短い悲鳴が聞こえてくる。

 月明かりのぼんやりと差し込むその路地裏に見えるのは、濃緑の神官服。


「レ、レクスオール神殿の神官騎士……? なんでそんなもんが此処にいるんだよ!」

「なんでも何も。此処に泊まってるに決まってるからじゃないか」

「ひっ……! え、な。ま、魔人……?」


 仲間が倒れていく中でなんとか逃げ出そうとした男が振り返った先に居るのは、銀色のポニーテールを揺らすラファエラの姿。

 見た目には細く、他の「化け物」連中に比べたらどうにかしやすそうな彼女に男は活路を見出し、引きつった笑みで短剣を突き出す。


「ちょ、ちょうどいいや。テメエを人質にして」

「いやだね」


 繰り出された拳が男の鼻を打ち、男は悲鳴をあげてナイフを取り落とす。


魔法装具マギノアギア起動オン


 ラファエラの指の間にいつの間にか現れた小さな鉄球に輝きが宿り、投擲される。


「ひっ……あぎゃあああ!」


 命中と同時に炸裂するのは、弱い電撃。

 死なない程度のものとはいえ電撃を受けた男が意識を保てるはずもなく、そのまま地面に倒れ伏す。


「さあ、てっと……いいとこ見せる機会だ。気張らないとね」


 言うと同時に、ラファエラの指の間には先程のと同じ鉄球が幾つも現れる。

 まるで手品のようだが、その全てが今のと同じ魔法装具マギノアギア

 電気を纏うそれはラファエラを傷つける事はなく、投擲する度に逃げ惑う襲撃者達を痺れさせていく。


「くそっ、くそ! こうなったら中にぐべっ!」


 無理矢理扉を破って金の粉雪亭の中に……恐らくは非戦闘員だろう女達を確保しようとした男が扉に剣を叩きつけようと振りかぶったその瞬間に、勢いよく開いた扉が男にぶち当たる。


「お、ぐ……あ?」

「ああ、ごめん。そこにゴミがいるとは思わなくてさ」

「て、め……」

「ちゃんと片すよ」


 鼻を抑えた男を、アリサの強烈な蹴りが吹き飛ばす。


「まさか本当に来るとはねー。自警団は何やってんだって話だね」


 言いながら、アリサは鞘に納めたままの剣を手の中でくるっと回しながら蹴り倒した男の下へと歩いていき……その背中を容赦なく踏みつける。


「……で? 私達を商品にしようとしたアホは何処の誰? アジトも教えてくれる?」

「ぐ……い、言うわけねえだ……ヒッ!」


 眼前に突き刺さった刃を見て、男は悲鳴をあげる。

 あとほんのちょっとで自分を削ったに違いないその輝きに、男は震え……そんな男を、アリサは笑顔で見下ろす。


「いいから言いなよ。どうせもう全員捕まってるんだし、あんた等の親分も捕まって処刑場送りになるのは時間の問題だしさ。多少は罪を軽くする可能性を選びなって。ね?」


 笑うアリサの顔は、実に酷薄で。

 ……その夜。タルテリスの町に巣くっていた違法な人買いの一味と、その子飼いの情報屋……そして、彼等に金を握らされていた自警団の団員が、タルテリスの町の詰所の騎士達に纏めて引き渡されたという。

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