買い出し
ラファエラとの話、そして足りないもの調達などの話を終えて食糧を含めた各種の買い出しや道具の手入れなどの班分けが決まり、カナメとアリサの二人が食糧の買い足しに行くことになったわけだが……昼時のせいか、露店の並ぶエリアは人でごった返していた。
「干し肉! 旨い干し肉なら此処で買うべき! 最高級の干し肉だ!」
「テトラト王国産の牛の干し肉だよ! 安くて高品質! なにしろモノが違う!」
「チーズあるよ! 知る人ぞ知るマルド村のチーズ! 今並んでるだけで終わりだよ!」
何やら呼び込みの声が色々と聞こえてくるが、普段カナメ達が買うのは干し肉に干し芋、固焼きパンといった「基本」の品々だ。
どのくらいかかるか分からない探索では、そういうかさばらずに日持ちするものが一番らしいのだが……アリサは意外にもチーズの塊に目を向けている。
「なんか珍しいな。そういうの、普段あんまり買わないだろ」
「ん? まあね。今回はダンジョン探索だし、多少いいもの買わないとやる気も出ないでしょ」
目についたチーズの塊を買ってカナメに渡すと、今度は干しブドウを二袋購入してカナメに投げ渡す。
「あとは……普通のパンもちょっと買っとこうか。チーズのっけて、焼いて食べよう」
「え、ええ!? どうしたんだよアリサ。普段そんなもの絶対買わないだろ!?」
「そりゃそうだけど。ダンジョンは普通の旅とは違うし、匂いが出ようと出まいとモンスターは絶対寄ってくるからね。ならちょっとイイ物食べて元気出さないと」
「あー……」
そう、調理をすると匂いが出る。
その香りが強いものであればあるほど、野外では獣や野盗の類を呼び寄せてしまうのだが……ダンジョン内では、その構造上「何をしても絶対に寄って来る」のであまり気にする必要がない。
むしろ、他の冒険者を引き寄せて寝床の警備を強化できたりするので良い影響もある。
勿論やり過ぎるとモンスターもどんどん寄ってくるが……その辺りは程々、といったところだろうか。
「そこのお兄さん、ワイン買わないかいワイン! 景気付けにも長期の探索にももってこいだ!」
「岩塩あるぞ岩塩! いざという時にこいつがあるとないじゃ大分違う!」
「見てくれ、上質の砂糖だ! これからのダンジョン探索の必需品だぞ!」
アリサに荷物を持たされているカナメにも呼び込みが声をかけてくるが、スルーしてアリサの後をついていく。
この辺りは全部食料品の取り扱いなのか、似たようなものを売っている露店も多い。
「凄い盛況だよなあ。聖都のダンジョン付近でもこんなに凄くはなかったような」
「そりゃそうでしょ。あそこはある程度完成した市場だもの。ここはどっちかというと、何が売れるか分からないから全部売ってる「ごった煮」だね。ほら、あっちなんてタマネギ売ってるし。誰が買うんだろ」
「でもあれ、何の豆か知らないけど……たぶん豆だよな? あれなら」
「それ買っていこっか」
グイグイと引っ張られるままカナメは歩いていき……そこで、一人のひょろっとした男と目が合う。
何処かで見た顔だな……とカナメが思うより先に、ひょろっとした男の方が「あー!」と大声をあげる。
「てめえ、こんな所に居やがったのか! てめえのせいで相棒が自警団のクソ共に引っ張られちまったんだぞ! おかげで今日稼ぐ予定の金がパーだ!」
「知り合い?」
「えーと……確か広場で絡んできた連中の一人……だったと思う」
大男の方と違い「逃げて行った方」という印象しかないので記憶がおぼろげだが、確かそうであったはずだ。
だが、ひょろ男の方はカナメの顔をしっかり覚えていたらしい。
「しかもまた違う女連れてやがって……!」
「違う女だってさ」
「はは……」
細かい事を言えば一番付き合いが長いのはアリサなのだが、そんなツッコミを入れたところで仕方が無い。
何はともあれ、ひょろ男の言っている事は言いがかりに近い。
絡んできたのも男達のほうだし、自警団に捕まったのも男達のせいだ。
更に言えば女連れがどうのと言われても、非常に困る。
「そんな事言われても……絡んできたのはそっちだし手を出したのもそっちじゃないか」
「ああ!? とにかく顔貸せや!」
胸倉を掴もうとしてきたひょろ男の手を、カナメは軽く弾く。
一日にそう何度も胸倉を掴まれてはいられないし、理不尽に付き合っている程暇でもない。
「てめっ……」
「はい、そこまで」
背後に回っていたアリサの蹴りがひょろ男の股間に突き刺さり「ふびゅっ」という悲痛な声と共にひょろ男は股間を抑え地面に倒れ込む。
同時に何人かが真っ青な顔をして股間を庇ったが……まあ、ある意味で当然の反応だろう。
たとえ自分のモノでなくとも、見ているだけで痛いのだ。
「お、おうあうえあ……ひふひへほう」
「え? 絡んでごめんなさい? 道の端に転がしといてくれって? めんどいから自分で行きなよ」
「おむふ、へは、おう……」
「次絡んだら潰してくれていいですって? いい心掛けだね」
本当にそう言っているのかは不明だが、アリサは頷きひょろ男から視線を外す。
「んじゃカナメ。行こっか」
「あ、ああ……」
「どしたの? なんか顔青いけど」
「あー……いや、見てて痛かったっていうか……」
あそこまで非情にはなれそうにないな、と。
そんな事を考えながら、カナメはアリサに連れられて市場を歩いていくのだった。
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