金の粉雪亭3

 金の粉雪亭はこの辺りの宿の中では丁度真ん中くらいに位置する「ちょっと高級志向」な宿であるらしく、部屋数は二階の全四部屋のみ。

 その代わり、部屋の広さをそれなりにとっている……というタイプの宿であった。

 そうは言っても調度品はベッドとベッドサイドのナイトテーブル、その上に載った水差しとコップくらいのもので、貴族が見れば鼻で笑う程度のものでしかない。

 そんな部屋に全員が集まると、手狭ではないがそれなりに狭く感じるものであり……扉付近に門番のように立っているフェドリスも、重苦しい印象を与える鎧は脱いでいた。

 

「で、早速明日の朝からダンジョンに潜るわけだけど……とりあえず拠点も確保できたし、ラファエラにはお礼言っておかないとね。ありがと」


 言いながらアリサが放る革袋を、ラファエラは片手でキャッチする。

 じゃらりと重たげな音を立てる革袋を手元で弄びながら、ラファエラはニヤニヤと笑う。


「おや、随分多いね。いいのかい?」

「いいよ。余計な時間もとられずに済んだしね」

「いや、私こそ助かったよ。さっきも言ったけど、私があまり目立つと面倒な事になりそうなんでね」


 そんな事を言うラファエラに、カナメが「そういえば」と口を開く。


「さっきもそんな事言ってたよな。魔人が目立つと色々ありそうだっていうのは分かるけど……」

「ああ。具体的に言うと、この町には違法の人買いみたいな後ろ暗い連中もウロウロしていてね。余計な恨みを買うと、面倒な事になりそうだ」

「違法な人買いって……そもそもソレ自体が違法じゃないのか?」


 奴隷商人。そんな言葉が浮かんでカナメは思わず腰を浮かしかけるが、隣に座っていたアリサがその肩を抑え込む。


「人買いってのはね、人材仲介業なの。纏まった金を出して数年単位の契約をして、労働力を求めてるところに連れて行くの。そこで手に入れる金との差額で儲けてるんだよ」


 運が良ければ、その「売られた」人間は契約終了後もそこで働き続ける事もある。

 貧乏な農村でごく潰しをやっているよりも、余程有意義というものだ。

 勿論「売られた」期間は賃金など出ないが食事は出るし、泊まるところもある。

 その日の食事にも事欠く者が多い地域では人買いが歓迎されることだってある。

 ……が、そうした中に混ざって「違法な人買い」が跋扈することもある。

 これはカナメが想像したような奴隷商人だ。


「違法な人買い連中は、売り先も最悪。娼館はまだマトモな方で、信じられないようなド変態の奴隷とか表に出せない稼業の人員ってこともある。でもまあ、そういう連中は自警団の居ないようなド田舎に行くもんなんだけどね」

「此処は良くも悪くも発展中で、しかも荒事なんか体験したこともないような「平和だった」国の田舎……つまり、ド田舎のエリートだ。そんな場所がダンジョンで好景気に沸いたって、全部が真っ当にいくわけがない」

「あー……そういうことか。結構入り込んでるんだね」

「軽く見たけどバリバリだね」

「え? どういうことだ?」


 何か「分かった」風のラファエラとアリサにカナメが疑問符を浮かべると、アリサは「んー」とどう説明するべきか悩んだ後、指を一本立ててみせる。


「まあ、一言で言うとね。急速に発展する元ド田舎は、私腹を肥やそうと考えてる連中の絶好の狩場ってこと」


 どんな場所にも利権というものがあって、それを一手に握る者もまた存在する。

 たとえば大商会と呼ばれるような連中は行商人に金を貸して手綱を握ったりもするし、小さな商会を色んな手段で呑み込もうとすることもある。

 更に言えば、そういう大商会の弱みを握ろうと暗躍する連中もいる。

 そんな連中の食い合いで新しい町が出来上がっていく事も……まあ、あるのだ。


「で、その黎明期には「どう言い訳しても違法」って連中も出入りしたりするわけだね。つまりは、そういうこと」

「ふーん……でも今聞いてた感じだと、ラファエラは「そうなってる」可能性は分かってたんだろ?」

「ん? まあね」

「なんで来たんだ? 危ないところは避けた方がいいだろ?」


 正論そのものなカナメの言葉に、ラファエラは苦笑する。


「ハハハ、それを言われると耳が痛いけどね。此処のダンジョンが少し気になってね。見に来たんだよ」

「それは、新しいから……という理由ではないんですよね?」

「そういうことだね、神官騎士殿。此処のダンジョンはちょっと奇妙だ」


 奇妙。そう、奇妙なのだ。

 普通新しいダンジョンとは、カナメが見たミーズの近くのダンジョンや聖国のダンジョンのような「盛り上がった」形となって現れる。

 言ってみれば、日常に現れたちょっとした違和感のような形となるのだが……この町のダンジョンは、そうではない。


「人や村を丸ごと呑み込む……そんな事例は調べた限りじゃ、今まで存在しない。ダンジョン自体が世界の異常のせいか誰も気づいちゃいないけど、こういう出来方はおかしいんだ。だが、ダンジョン自体が異常なものだし……「本当は今まであった」のか「今までなかっただけでそういうもの」なのかも判別がつかない。だから見に来たんだ」

「ゼルフェクトの意志かもしれない……ってことかしら」


 レヴェルの問いに、ラファエラは肯定することも否定することもしない。


「さあね。それを知りたくて私は来たんだからね」

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