タルテリスの町3
「宿、見つかったですか?」
向けられるエリーゼからの視線に固まったカナメの窮状を打破すべく、ルウネがそうアリサに問いかける。
別にカナメはエリーゼと付き合っているというわけではないのでカナメが気にする必要はないはずなのだが、妙に誠実なので「自分を好きと言ってくれている」事実だけでカナメに罪悪感を抱かせてしまうのだ。
ちなみにエリーゼの方はその辺りを分かっているか居ないかは不明だが……往来で想い人が自分以外の女とイチャついている光景を見せられるという事実に、少しばかり抗議したくなるのは致し方ない事ではあるだろう。
結果としてカナメの胃がダメージを受け、主人の胃事情を改善する為にルウネが出るのも仕方のないことではある。
「ん? そうだなあ。まあ、結果から言うと新規は何処も一杯だったんだけど……」
「町としては嬉しい悲鳴というやつですわね。集会場まで解放しているそうですわよ」
更には新規の宿屋まで建て始めているらしいが、何処まで今のバブルが続くかは不透明といったところだろう。
まあ、ともかく……聖都に引き続き「また宿がない」状況なのかとカナメは考え……ならば次善の策を用意しなければと思考を切り替える。
此処にはダルキンのような縁のある人物はいない。ならば最悪、いらない荷物を先程の馬車駅舎に預け、すぐにダンジョンに潜る事も考えねばならないだろうか。
そう考え……カナメは、違和感に気付く。
「……ん?」
「やあ」
その「違和感」は、アリサの背後でひらひらと手を振っていて。悪戯が成功したかのような顔で笑っていた。
「ラファエラさん……?」
「そうだね、ラファエラだよ。久しぶり、カナメ。元気そうでよかった」
推定魔人のラファエラは、そう言って長い耳をピコピコと器用に動かして見せる。
大きな荷物を持っているようには見えない彼女の様子を見るに、何処かに宿を確保できているのだろう。
「実はね。この人が宿に当てがあるって言うんだ」
「え?」
「ハハ、偶然レヴェル様やエリーゼを見つけたからね。君達がこの町に到着したんだろうと話しかけたわけさ」
なるほど、確かにラファエラはレヴェルやエリーゼと面識がある。あまり深い仲でこそないが、ダンジョンで一緒に戦った縁はある。
その縁でなんとなく声をかけてきても不思議ではない。
「当てっていうと……何処かのお店の二階を貸してくれるとか、か?」
「ハハハ、なんだいソレ。笑える」
カラカラと笑い飛ばすラファエラに「そんなに笑えることだっただろうか……」とカナメは思ってしまうのだが、信用できるかも分からない冒険者に自分の店の二階を貸すような奇特な店主はあまり居ないので、ラファエラの反応の方が正しかったりする。
「そうじゃなくてさ。私の借りてる宿に君等も来ない? っていうお誘いさ」
「えっ」
「こいつ、宿を丸々一つ借り切ってるらしいんだよ」
「いやなに、こういう外見をしてると色々と不埒な輩に絡まれるもんでね。宿でまで対処するのは不快だろう?」
なるほど、確かにラファエラの外見は……いまだに男か女か分からないが美しいし、おそらくは魔人でもある。
そんな珍しい人物がうろついていたら、様々な目的を持った者が近づいてくるのだろう。
「実際、気をつけた方がいいからね。聖国のような治安の良さを期待すると、痛い目に合う」
「そうなのか? でもさっき変なのに絡まれた時には比較的早く自警団が飛んできたけど……」
「町の玄関口で飛んでこないようなら末期だね。疑うようなら裏路地を歩いてみるといい。すぐにニヤケ顔の悪漢に囲まれるさ」
「町を囲むのも木の柵だったしねえ。まだ未熟ってとこか」
アリサが納得したように頷くが、つまりはこのタルテリスの町はまだ幼い町である……ということだ。
いまだ町が拡張中の為、他の町のようなしっかりとした壁で覆う決断ができないし、自警団の巡回にも穴が出来る。
冒険者とならず者の区別もイマイチつかないから、グレーゾーンもなんとなく通してしまうし壁がないせいで他のところから本当にヤバい連中が入ってくる可能性もある。
この辺りは段々と解決していく部分ではあるし、メイフライ王国が折角手に入れた「鉱山」である以上は何かあればメイフライ王国騎士団の本隊がすっ飛んでくる。
まあ、安全の確保されたところだけ歩けばいいのだろうが……ダンジョンに入ってからもその辺は気をつけねばならない部分ではあるだろう。
「でもそれなら、俺達を誘っていいのか? 確かに全く顔も知らないってわけじゃないけど」
「構わないさ。まあ、逆に言えば君達が私を信用できないなら断ってくれても構わないんだけれども」
言われて、カナメは全員の顔を順に見て……特に否定するような意見が出てこないことを確認すると、ラファエラに向き直る。
「じゃあ、悪いんだけど……お願いできるかな。勿論俺達の分のお金は払うからさ」
「別にいらない、と言ってもいいんだけれども。そこまで恩を売られるのも気持ち悪いだろうしね。それは受け取っておくとしようか」
そう言って身を翻すと、ラファエラは「ついてきたまえ」と言って歩き始める。
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