タルテリスの町2
イリスの「人徳」により交渉もその他の話し合いも円満に終わって。
無事に馬車を預けたカナメ達は、元の場所まで戻ってきたが……そこには、アリサ達の姿はなかった。
「……あれ、俺達の方が早すぎたかな」
「かもしれませんね。予想より早く終わってしまいましたから」
「探すですか?」
見上げるルウネに、カナメは首を横に振る。
「いや、もう少し待ってみよう。それでダメならお願いするよ」
「それがいいですね。入れ違いになっても面倒ですし」
カナメとイリスの意見にルウネも頷いて、カナメを挟み込むようにしてイリスの反対側に立つ。
大きな入口広場を通るのは馬車だけではなく、当然人間もだ。
入ってくる人間、出る人間。
乗合馬車を探す人間もいれば、カナメ達と同じように待ち合わせをしているらしき人間もいる。
この中にいると、カナメ達など埋没してしまいそうなものだが……チラチラと向けられる視線が、どうにもチクチクする。
「……見られてるなあ」
「見られてますね」
見られている頻度で言えばイリス、カナメ、ルウネ、そして最後にフェドリスである。
イリスは理解できる。
レクスオール神殿の神官騎士の服はあまりにも有名であるし、その有名な神官騎士のイリスは美人だ。
2つの意味で注目される要素があるのだから、自然と目につく。
「俺が見られてるのは、やっぱり弓のせいかな」
最近のカナメは黄金弓を何処にでも持ち歩くようにしているが、やはり目立つのだろう。
この青空の下ではギラギラと光って高そうな雰囲気だし、聖国の上層部から押し付けられた良い仕立ての服も金持ちそうな雰囲気を出してしまっている。
いつだったかレシェドの街で出会った、ファッション冒険者の類と思われても仕方ないかもしれない。
そして、その隣に立つメイドナイトのルウネが目立つのは言うまでもない。
……そうした中にあって「ちょっと珍しいデザインの鎧」のフェドリスの印象は薄くなってしまうのだろう。
この集団の中にあって、注目度は一番低かった。
「それもあるでしょうが、カナメさんは最近は鍛えた成果も少しずつ出てきていますから。そういうのもあるんだと思いますよ?」
「え? いやあ……俺なんかまだまだですよ」
「カナメ様は少し逞しい身体になってる、です」
そう、カナメは最近何かと理由をつけてやってくるレクスオール神殿の神官騎士達とクランの裏庭の訓練場で訓練をしているが……レクスオール神殿式の訓練はカナメの強大な魔力をもってしても正常な状態を保ちきれないほどに辛い。
アリサには「程々にしないと脳まで筋肉になるよ」と言われてはいるが……まあ、おかげで多少は男らしくなったような気もしてきている。
だから「逞しい身体」という男らしいワードに、カナメの口元には思わず笑みが浮かんでしまう。
「そ、そうかな?」
「まあ、カナメ様にはあんまりマッチョは似合わないですけど」
「うぐっ」
即座にオチをつけるルウネに「それもそうか」などと呟いていると……カナメの目の前がすっと暗くなる。
「おいおい、楽しそうじゃねえか。どこぞの金持ちの坊ちゃんか?」
「冒険者は遊びじゃねえぞ? さっさと帰りな」
目の前に、何やら重たそうな金属製の鎧を纏い、大斧を担いだ大男と、革鎧のひょろっとした男。
ニタニタと下品に笑うその顔を見るに、軽く脅してやろうという愉快犯的な心が丸わかりだ。
だが……この世界に来たばかりのカナメならばともかく、今のカナメには全く怖くない。
顔は中々に強面だが、アリサやイリス、エル、ダルキン……本当に「強い」人達と比べれば、あまりにも隙があり過ぎる。
「なんだあ? 怖すぎて反応も出来ねえってか?」
「違ぇよ、お坊ちゃんは庶民に開く口を持たねえんだよ」
さて、どうしたものか。カナメは少し悩んだ後に、出来るだけ敵意のない笑顔を浮かべる。
「ご忠告は有難く受け取ります。ですが俺達は俺達の用事で来ていますので、どうぞお気にせず」
俺達の事なんか気にしないでください。ケンカしたいわけでもないんで、放っておいてください。
カナメの言いたかったことは、つまりこうである。
そのまま言えば「俺達がケンカ売ったっつーのかよ!?」と絡んでこられそうなので遠回しに言ったのだが……残念なことに、ケンカを売りに来ている相手には何を言っても通用しない。
彼等の脳内では、カナメの台詞はこう変換される。
吠えてんじゃねーよ。貧乏人が俺様の視界に入ってくるんじゃねーぞ。
「ああ!? 人が親切にしてやりゃあ、いい度胸じゃねえか!」
「テメエの女に強そうな格好させてりゃ皆ビビると思ったか! おお!?」
「うわあ。なんでそうなるかなあ」
そんなカナメの呆れたような声が、合図になったのだろう。
大男がガントレットをつけた拳を振りかぶり、周囲から悲鳴が上がる。
重そうな大男がガントレットを着けて殴れば、それはちょっとしたハンマーと大差ない。
大怪我は必須。周りで見ていた誰もがそう思っただろうが……カナメは冷静に大男を見上げ、その拳を手の平で弾いて叩き落す。
傍目には受け流したように見えるだろうが、しっかりと手の平に
だが、そんなものが大男に理解できたはずもない。
「う……お……っ!?」
一気にバランスを崩した大男はたたらを踏み、それを見ていたひょろ男が腹を抱えて笑う。
「ハハハ、なさけねーなオイ!」
「う、うるっせえ! ちょっと足が滑っただけだ!」
「おい! そこ、何してる!」
野次馬が呼んだのか、走ってくる自警団の姿に男達は舌打ちして走り去る。
大男のほうが一度振り返りカナメを睨んだが……そのまま自警団に追われ慌てたように逃げていく。
「君達、だいじょ……ゲッ、レクスオ……! あ、いえ!」
レクスオール神殿の神官騎士、と言いかけたのだろう。
ちょっとだけ不機嫌そうな顔をしたイリスに、自警団員は慌てたように愛想笑いを浮かべる。
「は、はは。よりによってレクスオール神殿の神官騎士と、そのお連れ様にケンカを売っていたとは。馬鹿な連中ですね」
「ええ、そちらはメイドナイトと……変わった鎧のそっちと弓の彼は護衛ですか?」
なるほど、「レクスオール神殿の神官騎士」がいると、それが主に見えるらしい。
カナメとしては、その方が穏便に終わるのであればそれでもいいと思って曖昧な笑みを浮かべていたのだが……その肩を、イリスが後ろから掴んで引き寄せる。
「残念ですが、こちらの殿方が私達のリーダーです」
「ルウネも仕えてる、です」
抱えられたカナメの胸元に体重を預けるようにして圧し掛かるルウネと、カナメを引き寄せたイリス。
その光景に自警団員はポカンとした顔をした後に……「そ、そうですか」と。そんな言葉だけをようやく絞り出す。
ならば鎧の男は何なのかとフェドリスに視線を向け……フェドリスは「同行者です」とだけ口にする。
「あー……えー……なるほど。えっと、お気をつけて」
そう言って去っていく自警団員を見ながら、イリスは楽しそうに笑い声を漏らす。
「見ましたか、あの顔」
「面白かったです」
「2人とも……いや、いいんだけどさ」
結果的には色々穏便に終わったし、面倒な聴取もされずに済んだ。
しかし、代わりに視線がさっきの倍以上に増えてしまっている。
「ハーレム……?」という声が聞こえてくるのが、どうにも居心地が悪い。
「カッコよかったですよ、カナメさん」
「です」
そんな言葉と共にぎゅっと抱きしめられたカナメは、少しだけ照れた笑顔を浮かべて。
「……カナメ様?」
「おー、何がどうなってそうなったの?」
「状況は分からないけど、楽しそうだわ」
野次馬の中にいつの間にか混ざっていたエリーゼ達の姿を見つけ、一気にその顔を青ざめさせた。
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