タルテリスの町

 呪いの逆槍のお膝元、タルテリスの町。

 そんな言葉を楽しげな文体で書いた看板が、あちこちに飾られている。

 小麦の粉を水で溶いて具を混ぜて、呪いの逆槍をイメージした型で焼いた「逆槍焼き」。

 逆槍のように深々と刺さる、という謳い文句で客を呼び込む武器屋。

 逆槍が良く見える、と通りすがる客にアピールする宿屋。


「これって……」

「何を考えているんですの……」


 狂っている。かろうじてその言葉を呑み込みはしたが、イリスも、エリーゼも……勿論カナメも、狂気じみた光景を信じられないものを見る目で見回す。

 あの呪いの逆槍は、一つの村を呑み込んで出来たダンジョンのはずだ。

 それ故に「呪い」などと名付けられているのだろうに、何故そんなに楽しげにできるのか。

 何故そんな、素敵な観光地のように仕立て上げられるのか。

 だが、アリサとルウネは冷めた目で町を見るだけだ。


「こんなものだよ。何もない国の何もない辺境に、観光資源が出来た。悲劇はスパイスで、少なくとも出来てからは何も問題がない。そんなところでしょ」

「ダンジョンは鉱山。出来たらお祭りです。だからこれ、普通です」

「……お祭り」


 カナメは、斜め後ろで馬車の面倒を見ているフェドリスを見るが……兜に隠されたその表情は分からない。

 だが、カナメがフェドリスの立場であれば、きっと平静ではいられない。

 ちなみにもっと激しく反応しそうなレヴェルは……先程からずっと無表情だ。


「とりあえず、馬車を何処かに止めないとな」


 町の入口に馬車を放置するわけにもいかない。

 幸いにも、此処に来る馬車は乗合馬車や商人の馬車ばかりでカナメ達のように個人で運用する馬車は少ないようだが、それでもかなりの数の馬車が町の入口広場に溜まっている。


「それなら、馬車駅舎ですね。ほら、あそこにあるでしょう?」


 そう言うイリスの指先にあるのは、この入口広場の端にあるかなり大きな建物だ。

 厩舎や、馬から外された荷台などが置かれており……なるほど、確かに「駅舎」といった風体だ。


「乗合馬車ギルドが運営する施設なんですが、一般人でもお金さえ払えば預かってくれます」

「へえ……でもそれって、この混雑状況で大丈夫なんですかね?」

「ええ、大丈夫ですよ。早速行きましょう。アリサさん、エリーゼさん! 私とカナメさんは駅舎に行ってきますので、宿を確保して此処に集合ということで良いですか?」


 オッケー、と答えるアリサは「私も」と言いかけたエリーゼをガッチリとキャッチして。

 ルウネはその横をスルリと抜けて馬車に乗り込む。


「じゃあフェドリスさん、あの建物へお願いします」

「承知しました」


 答えると同時にフェドリスは馬車を動かし、駅舎の建物の前に横付けする。

 そうすると、厩舎の辺りで楽しそうに雑談していた男達が慌てたように走ってくる。


「ちょっとちょっと! 君達、乗合馬車ギルドの馬車じゃないよね!?」

「困るよ、そんなところに止めちゃ……げっ!?」


 馬車から出て来た深緑色の神官服の女……イリスを見て、男達はサッと顔を青ざめさせる。

 レクスオール神殿の神官騎士。その怖さは連合でも同じなようで、男達の態度はあっという間に過剰な程に丁寧なものになってしまう。


「あ、えーと……あのですね、神官騎士様。本日はどのような御用で……」

「はい。私は聖国のレクスオール神殿より参りました、イリスです。本日よりしばらくこの町に滞在することになりまして……で、馬車を預かっていただく為の交渉をしに参りました。場所の件に関しては申し訳ありません。すぐに移動させますので」


 笑顔でスラスラと言葉を紡ぐイリスに、男達は視線を思い切り逸らしながらコクコクと頷く。


「い、いえいえ! すぐに乗合馬車が来るというわけでもなし! 場所も提供いたしますのでどうぞご利用いただければと!」

「ご厚意には感謝いたしますが、預かっていただく以上は経費もかかるもの。神の御威光を盾に無理を通したと噂されるのも、我々の本意ではありません。どうぞ必要なだけの金額を仰ってください。聖国の名に懸けて、この場で全額お支払するとお約束致しましょう」

「え、えーと……では、そのお……」


 完全にペースを握って交渉を始めるイリスに、カナメは思わず「うわあ」と呟いてしまう。

 呟いた瞬間にイリスが振り返ったのは気のせいということにしたが、それにしても聖国の影響力というものは凄まじいとカナメは思う。

 たとえばこれがアリサであれば結局はペースに巻き込むのだろうが、こうもトントン拍子には進まないだろう。

 まあ、アリサは馬車は個人が持っても無駄遣いだと宣言していたくらいなので、そもそもそういう事態にはならないのだろうが。

 交渉の様子を馬車から降りたルウネとカナメは見ていたが……それも、然程時間はかからない。

 何しろ、相手には「ボッてやろう」という考え自体が最初からないのだ。


「お、交渉終わったみたいだな」

「そですね」


 イリスが幾らかを支払った後、男達は建物の中に呼びかけて手早く馬車を確認し始める。


「宿がお決まりであれば、こちらの荷物を宿までお運びしますが」

「あら、そんな事までして頂いては申し訳ありませんよ」

「い、いえいえ! この程度サービスですよ! では荷物の相互確認をお願いできれば……!」


 ……なるほど。どうやら交渉が早く終わった背景には、イリスが美人であることもあったようだ。


「……」


 美人って、得なんだな……とか。

 男って基本馬鹿だよな……とか。

 思っていても口に出さないカナメは、この場に居れば迷わず口に出していたであろうエルと違い、長生き出来るタイプであるといえた。

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