ジパン国家連合

 フェドリスへの返答から、四日。

 全ての準備が整い、カナメ達は馬車でジパン国家連合の国の一つ、メイフライ王国へと到着していた。

 聖国の中ではこれといった問題も起こらず、聖国と接した場所にあるメイフライ王国は……正直に言って、非常にのどかな国だった。

 

「見渡す限りの畑……か」

「この国は、聖国と境界が接している事で争いが起こりにくい環境にあります。それでも完全に何もないというわけではありませんが……連合の他の国に比べれば、格段に平和と言えるでしょう」


 馬車からぼうっと窓の外を見ているカナメに、御者席のフェドリスがそう話しかけてくる。

 相変わらず兜を被ったままだが、その方が落ち着くらしいので仕方ない。

 レヴェルに言わせれば「複雑に歪んだコンプレックスの結果」らしいので、触れない方が良いという結論に至っている。

 とにかく、カナメ達を乗せた馬車はメイフライ王国の王都ではなく……端に存在する町、タルテリスへと向かっている。

 タルテリスの町へは、国境からさらに2日。合計6日の馬車の旅だ。

 この調子ならもう少しで到着するというところだが……中々に長い旅だった。

 ちなみにフェドリスは夜に人目を避けるようにして全力で走ってきたらしい。

 その結果馬車より速いという辺り、戦人の身体能力の神髄を見せられた気分ではあるが……そんなフェドリスも、カナメ達と同行する以上は馬車の上である。


「フェドリスさんって……」

「フェドリスで結構です。カナメ様」

「フェドリスって、隠れ里で暮らしてたんだろ?」

「ええ」

「その割には、結構事情詳しそうだけど、それって……」

「人里に紛れやすいですからね、私は」


 隠れ里で暮らすにも、周囲の人里での情報取集は必須になる。

 特に盗賊団関連の情報は重要だ。何しろ、そういうものが近くに居座りでもしたら騎士団が山狩りを始めかねないのだ。そうなる前に、速やかに殲滅する必要が出てきてしまう。


「やっぱり、こんなのどかそうな国でも盗賊っているんだな……」

「連中は何処にでもいるよ。国境越えてくる事もあるからね」


 アリサの言う通り、盗賊は何処にでもいるし何処からでも来る。

 食いつめ者の盗賊団はともかく、職業として割り切った盗賊団のフットワークは軽い。

「これ以上はヤバい」という引き際を見極め、世界中を移動する連中もいるほどだ。

 そういう連中にとって、騎士団の力が弱い国は……とても居心地が良いモノだ。


「幸いにも、例のダンジョンの近くには盗賊の噂はありません」

「そっか、安心だ」

「まあ、万が一居ても襲ってきた時点で返り討ちですわ」

「その方が少し世界が平和になるかもしれませんね」

「です」


 エリーゼ達女性陣の恐ろしい会話にカナメは乾いた笑いを漏らすが……まあ、実際その通りだろう。

 正面から盗賊が襲ってきたところで、相手になるとは思えない。

 もし、「相手になる」状況があるとすれば……それは、戦人達が狩られたような、そういうことくらいなもので。


「……襲ってくる前に、俺がどうにかするよ」


 黄金弓を握り、カナメはそう呟く。

 カナメになら、それが出来る。遥か遠くの敵を一方的に狙撃することも。超近距離から矢を放つ事だって出来る。

 そしてそれは、カナメがやらなければならないことだ。

 皆を導こうとしている、カナメ・ヴィルレクスが。


「カナメ……」

「カナメ様……」


 アリサがきょとんとした目で。

 レヴェルは、楽しげな目で。

 エリーゼが潤んだ目で。

 イリスが誇らしげな目で。

 ルウネがイマイチ感情が分からない目でカナメを見る。

 その視線を正面から受け止めようと、カナメは前を向いて。


「……そんな気負わないの」


 ぽんっと。そんな音を立ててアリサの手がカナメの頭にのせられる。


「あんまり思いつめると、ポキッといくよ? ある程度は適当にいかないとね」

「え、ええ……? 適当って」

「ある程度、ね。今のカナメみたいになってると、あんまりもたないものだよ?」


 言いながら、アリサはカナメの眉間に出来たしわを伸ばす。


「もうちょっとお気楽な程度でいいよ。全部背負ってもらう程、弱くはないからさ」

「そうですわ、カナメ様。まあ、私はそういうのも素敵とは思いますけれど……支え合うのが一番ですわ」

「まあ、その通りではありますね。神々ですらゼルフェクトとの戦いにおいては力を合わせたのです」


 エリーゼとイリスがアリサに同意するように頷き、カナメは軽く頬を掻く。

 支えるつもりが、支えられている。

 導くつもりが、導かれている。

 なんとも格好の悪い話だが、そんな彼女達だからこそ守りたいとカナメは思うのだ。


「ご歓談中のところ申し訳ありませんが、そろそろタルテリスへ到着します」


 そんなフェドリスの声にカナメ達が馬車の窓から顔を出せば、その先に巨大な円錐を逆にして床に差したような……あるいは、その名前通りに大地に柄のない突撃槍を深々と突き刺したような。そんな巨大なモノが見えてくる。


「デカい……」

「あれが呪いの逆槍、ね。なるほど、あんなモノは見たことがないや」

 

 高さとしては三階建の建物程度。

 しかし、その幅は広く……丁度村一つを呑み込むには充分すぎる程の鋼色に光るモノ。

 ダンジョン「呪いの逆槍」は……カナメ達の視線の先で、その威容を誇っていた。

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