早速出ました
クラン設立者カナメ・ヴィルレクスの名前は、アピールされているわけではない。
一応聖国の書類にその名前はあるにはあるし、積極的に隠しているということでもない。
問われれば回答するし、そんな「なんでもない」情報として扱われているが……そうやって隠していないと、人は然程興味をもたないらしい。
だから聖国で「クランの責任者ってどんな人?」と聞いても、大体は副クランマスターの名前が出てくるだろう。
あるいは、「そんな出来て数日の組織のリーダーなんか知るか」と答える者もいるだろう。
……が、「クランの責任者はカナメ・ヴィルレクスである」と答える者達も居て……それは、大体厄介な何者かである。
今カナメの目の前にいるのも、そういう厄介者の一人であった。
「今日はご挨拶する機会を頂きまして……」
名前はデムル・トルーリング。王国にある冒険者ギルド本部からやってきたという男である、らしい。
「らしい」というのは生粋の冒険者であるアリサも知らないからだが、アリサ曰く冒険者ギルドとはそういうものであるようだ。
「えーと……それでデムルさん。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
届いた手紙では「大切なお話がある」といったような内容だけであったが、大体どんな内容であるかはすでに想像がついている。
「はい。冒険者ギルドへの参加を要請しに参りました」
やっぱり、と言いたいのをカナメはぐっとこらえる。冒険者ギルドの人間が来るというからそういう用事じゃないかと話していたのだが、本当に直球である。
そう、今まで聖国には冒険者ギルドは無かった。
これは聖国が冒険者ギルドという利権組織の設立を認めず、単なる仲介役として各神殿で依頼を処理してきたからだ。
如何に全世界に根を張る巨大利権組織の冒険者ギルドといえど、より深く全世界に根を張る聖国に文句を言えるはずがなく……聖国に手を出せずにいた。
だが、そこに現れたのがカナメ率いるクランだ。
格安で依頼を仲介するクランに冒険者ギルドは危機感を抱き、同時にチャンスと考えた。
すなわち、冒険者ギルドの類似組織が出来たのであれば口八丁でそれを取り込めばいいではないか……ということだ。
そう来るとは思っていたが、まさかクラン始動から数日でやってくるとは思っていなかった。
「カナメ様もご存じとは思われますが、私達冒険者ギルドは全世界に存在し冒険者のサポートを行っております」
「はあ」
「つまり冒険者といえば冒険者ギルド。これが世界の常識であるわけです。これは単純な知名度の問題ではなく、冒険者ギルド同士での連携による各種の利点も生まれてくるわけです。たとえば依頼1つとってみても……」
グダグダと並べ立てている言葉を一通り聞くとまあ、「依頼を仲介する組織は冒険者ギルド1つで充分だ」という内容で纏められる。
故に「ご理解いただけましたでしょうか?」と言うデムルにカナメは笑顔でこう答える。
「お話は分かりましたが、クランは冒険者ギルドに参加するつもりはありません」
「な、何故ですか!」
「クランは聖国の組織として、その理念……「世界の安定」に強く賛同しています」
「それならば!」
「平たく言うとですね、冒険者や依頼人から金を巻き上げる気が無いんです。勿論冒険者ギルドの経営方針に文句を言うつもりはありません。クランは国営ですから、そもそも組織の性格が違うんです」
カナメの返答に、デムルは「いや、しかし……」と言いながらも次の言葉が中々出てこない。
冒険者ギルドに参加するのは栄誉な事だと信じて疑わないデムルにとって、カナメの返答は理解しがたいものだ。
参加したいと頭を下げる者も多くいるし、どの国も治安維持の役に立つと補助金を出している程なのに、一体何が不満だというのか。
「あ、勿論カナメ様には聖国という国での冒険者ギルドトップとして、幹部の地位を確約しておりますよ!?」
「いえ、ですから。参加する気がないんですってば」
「何故ですか!?」
「参加するメリットがないからです。申し訳ありませんが、何度聞かれてもこれは変わりませんのでお帰りください」
カナメが笑顔で扉を示すと、デムルは乱暴に立ち上がる。
「……後悔しますぞ」
「しません」
思い切りあからさまな舌打ちをして、デムルは部屋から出ていき……それとは入れ替わりでルウネが部屋に入ってくる。
「おつかれさま、です」
「ああ。どうだった? 練習通り出来てたかな?」
「バッチリ、です」
来ると聞いてから事前にルウネと練習していた想定問答は役にたったようで、カナメは笑顔で固まりかけた顔をほぐそうと指で揉み始め……後ろに回ったルウネが手を伸ばしマッサージを始める。
「あの男、ヴェラール神殿に何度か使者を寄越した男と名前、一致するらしいです」
「ヴェラール神殿ってことは……メイドナイト?」
「です。バトラーナイトではなくメイドナイト指定で派遣要請したらしい、です」
勿論突っぱねたらしいが、かなりしつこかったらしいとルウネはカナメに説明する。
「うーん……プライド高そうだったもんなあ……てことは、やっぱり妨害、くるよなあ」
「絶対くるです。意味ないですけど」
たとえ冒険者ギルドを通して「クランの仕事を受けるな」と言ったところで聖国ではクランを通さねば依頼は受けられないし、依頼が成立しなくても聖国の組織……公的機関であるクランが潰れる事はない。
もっといえば、これ以上は冒険者ギルドの件については無視でも全く問題ない。
「無視できないのは……あっちだよなあ」
引き出しの中に仕舞っている手紙……帝国と王国を含む、幾つかの国からの手紙の事を思い、カナメは深い溜息をついた。
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