三度目のダンジョン挑戦8

 カナメ達が辿り着いた場所。そこでは、丁度一人の人間であったと思われる黒い塊が床にどさりと崩れ落ちるところであった。


「ぐっ……!」

「焼けてる……あいつ、火を使う!?」


 その黒い塊の向こうに居るもの。

 一見普通の魔力体ゴーストに見えるが……カナメは油断せず矢筒から一本の矢を抜き取り番える。

 それは放たれると同時に螺旋状の水流となり、魔力体ゴーストを貫く……その寸前に、魔力体ゴーストの身体は四方八方に散らばりカナメの放った水流は何もない場所を通過する。


「……え?」


 一見カナメの矢を受けて成すすべもなく四散したように見えるが、そうでないのは明白。

 ならば、一体。その答えが出る前に……散らばった魔力体ゴーストの身体が集結し、また魔力体ゴーストの姿を作り出す。


「ヒヒヒ、ヒイーヒヒ!」


 挑発するように笑う魔力体ゴーストにカナメ達は警戒を引き上げ、油断なく武器を構えるが……魔力体ゴーストは、素早く壁の向こうへと入り込んでしまう。


「に、逃げやがった!? モンスターがか!?」

「追わなきゃ……あ、いや。罠か!?」


 ヴーンから邪妖精イヴィルズに至るまで、このダンジョンで「逃げる」という行動をとったモンスターはいない。

 だというのに、あの魔力体ゴーストは逃げた。

 その事実にエルとカナメはあっけにとられ……すぐに「油断させて襲ってくるつもりかもしれない」という考えに至るが、いつまでたっても魔力体ゴーストは戻ってこない。

 エル、ラファエラ、レヴェルでカナメとエリーゼを囲むようにして小さな円陣を組むが……ラファエラが、ぽつりと呟く。


「……逃げられたんじゃないかい?」

「やっぱそう思う?」

「相手はモンスターだから確実にそうとは言えないけどね。でも、先程のカナメの一撃を脅威と判断して撤退した可能性はあると思うよ」


 ラファエラの推測に、カナメが「ごめん」と答える。


「俺が一撃で仕留められてれば……」

「いや、ありゃ仕方ねえよ。あんな避け方する魔力体ゴーストなんか見たことがねえ」


 そう言って、エルは構えていた大剣をおろす。

 警戒を完全に解くわけではないが、この場にはあの魔力体ゴーストのヒントがある。


「あの死体を調べるぞ。警戒は解くな。ゆっくり進むぜ」


 エルの合図と共に全員がゆっくりと進み……炭化した死体の近くへと辿り着く。


「……触るなよ。俺等がやったって思われちゃたまらねえ」


 言いながら、エルは死体をゆっくりと眺めていく。

 どう見ても、この死体は炭化している。

 ということは死因は強力な火。しかも残り火が出ない……つまり、火の魔法だ。


「火の魔法だね」

「ああ、魔力体ゴーストが火の魔法を使うなんざ聞いた事もねえ」

「ということは、亜種ではなく……本当に中級ミルズということなんですの?」

「……可能性は上がってきやがったな」


 そもそも下級デルム中級ミルズ上級セラトという区分は人間が勝手に決めたものではある。

 たとえば邪妖精イヴィルズの場合、邪妖精イヴィルズとして最初に認定された種を基本として、その上位種が「中級ミルズ」と称されるわけだが……もし同種で邪妖精イヴィルズよりも更に弱い種が見つかっていたら、今下級デルムとされている邪妖精イヴィルズ中級ミルズとされていた可能性だってある。

そういった混乱を出来るだけ最小限にする為に突然変異種を分類する「亜種」という区分があるのだが……ちょっと違うとかちょっと強いとか弱いとか、その程度の差であることが多い。

 だが、この魔力体ゴーストは違う。

 魔力体ゴーストは基本的には魔力を乱すとか、ほんの一瞬実体化して殺しにくるとか……そういう類のモンスターなのだ。

 火の魔法を使うなど聞いた事もなく、ましてや攻撃を自分の身体を分散させて避けるなど前代未聞だ。


「でも中級ミルズだとしても、あんなの放置できないぞ。なんとか倒さないと」

「まあ、待てよカナメ。慌てんな」


 言いながらエルは死体の検分を続ける。

 見える限りでは、鎧は恐らく革鎧。武器は……ナイフの鞘らしきものの残骸が腰についたままになっている。

 職業としては身軽さを身上とする職業……まあ、罠士だろう。


「……ん? ナイフはどこだ?」


 周囲を見回してみても、燃え残ったナイフの類は見つからない。

 まさかナイフだけ燃え溶けたということもないだろうが……。


「ナイフ?」

「たぶんこいつが持ってたと思うんだけどよ……」


 エルの言葉に全員が周囲を見回すが、それらしきものは何処にもない。


「何処かに落としてきたのではありませんの?」

「かもしれねえけどよ……」


 エリーゼにエルはそう答え頭を掻くが、納得していないのは明白だ。


「なにがそんなに気になるんだ? 俺も途中で落としてきたってのはあると思うけど」

「んー……たぶんな、こいつ。罠士なんだよ」

「確か罠の解除とかが得意な人達だよな」

「おう。だから……奇妙だろ?」


 言われて、カナメも黒焦げの死体を見下ろしてみるが……何が奇妙なのかはサッパリ分からない。


「え……と?」


 答えを求めるようにカナメはエリーゼ達を見るが、エリーゼもラファエラもレヴェルも、一様に肩をすくめるだけだ。


「……ごめん、分からない。何がそんなに変なんだ?」

「あー……つまりだな。こいつ、何も持ってないんだよ。仕事道具らしきものもねえし、ナイフもねえ。こういう連中にとってのナイフは武器ってえより道具なんだよ」


 たとえば、鍵開けや罠解除。そういうちょっとした場面でもナイフを代用することはある。

 そして罠士というのは大抵が狡猾で、体一つでいつでも逃げられるように仕事道具は絶対に手放さない。基本的にがめついから財布も手放さないし、服の中に金貨や宝石を縫い込んでいることだってある。


「こんだけ焦げてりゃ転がり落ちそうなもんだけど、それもねえ。仮にも三階層より下に潜ってただろう奴が、そんな何もねえってこた……ないと、思うんだよなあ」


 勿論、全てエルの予想に過ぎない。

 単なる予想だが……それがどうにもエルの不安をあおる。


「……まあ、これ以上は何も出ねえか。進もうぜ、ここに留まってても何もなさそうだ」

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