とある……

「ひ、魔力体ゴースト!」


 それは、男達にとってあまりにも不運な遭遇だった。

 五階層の探索からの帰り……とりあえずそれなりに稼ぎ「後は戻るだけ」という、まさにその最中。

 いつも通り抜けるだけの三階層で、突然荷物持ちに雇った男がそんな悲鳴を上げたのだ。

 荷物持ちのパーティでの位置は、最後列。

 いざという時には真っ先に襲われる位置であるのは確かだが……。


「普通の魔力体ゴーストじゃねえか……騒ぐんじゃねえよ」


 最後列で警戒をしていた剣士の男が剣に魔力を込め、魔力体ゴーストを貫くべく剣を突き出して。

 壁から顔を突き出していた魔力体ゴーストの噴いた炎に、顔面を焼かれた。


「ぐ、ああああ!?」

「カムザ!? おい、ウバイ!」

氷撃アタックフロスト!」


 ウバイと呼ばれた魔法士が即座に放った魔法はしかし、壁の中に顔を引っ込めた魔力体ゴーストには当たらず、壁に空しく命中し音を反響させる。


「全周警戒! 魔力体ゴーストだ……火を吐きやがった! おい、荷物持ち! カムザに再生薬をかけろ!」

「ひ、ひい……」


 荷物持ちの男は震える手で荷物から赤い色の薬瓶を取り出し、その蓋を開けて。


「オオオオオオオオオオオオエアアアアア!!」

「ぎいっ!?」


 全然違う方向から飛来した魔力体ゴーストに身体の中に入り込まれ、薬瓶を取り落とす。

 同時に床に置いていた荷物も散らばり……戦利品の宝剣や金貨、そして幾つもの小さな魔石がじゃらりと零れる。


「あ、あぐ、あお……」


 ガクガクと白目をむき震える荷物持ちを、男達は慎重に取り囲む。

 顔面を焼かれた剣士の男……カムザの事は心配ではあるが、この魔力体ゴーストを倒せば幾らでも救える。

 基本的に、魔力体ゴーストでは人間は乗っ取れない。

 体内の魔力の流れを乱し、弾かれるように飛び出してくるのが関の山。

 ならば、そこを狙って滅ぼしてやれば簡単……なの、だが。


「……おい、長くねえか」

「何かおかしいぞ」


 仲間達の怪しむような言葉に、リーダーの斧士の男は素早く頭の中で考えを巡らせる。

 確かにおかしい。

 まさか人間が乗っ取られるはずはない。ない、が……「火を噴く」ゴーストなどというのは初めて見た。

 そんな特殊な行動をする魔力体ゴーストであれば、もしかしたら。


「……ウバイ、大きめの魔法の詠唱しとけ。いざとなったら荷物持ちごと殺す」

「あ、ああ」


 ウバイはリーダーの指示通り大きめの魔法の詠唱を始めるが……その間にもリーダーは慎重に荷物持ちとその周辺を確認する。

 触れるのは悪手。もし本当に乗っ取れるとしたら、一番防ぐべきなのは自分自身が乗っ取られる事。

 周囲の情報を慎重に確認するべく見回し……そこでふと、床に散らばった戦利品に気付く。

 宝箱に入っていた宝剣、そして恐らくは神代のものと思われる金貨。そして……。


「魔石……だが、あんな小粒の魔石なんかあったか……?」


 散らばった、小さな魔石達。だが、そんなもの……手に入れただろうか?


「ぶ、あ。げるああああ!」

「ウバイ!」

氷棺縛呪フリーズコフィン!」


 立ち上がり走り出そうとした荷物持ちの男をウバイの魔法が凍らせ……しかし、その瞬間荷物持ちから飛び出た巨大な魔力体ゴーストがウバイに氷の塊を射出する。


「ごっ……」

「……!? くそっ!」


 ウバイがどうなったかを確かめるより先に、リーダーの男は走る。

 目の前にいる魔力体ゴーストに斧を振るい、仲間の槍士も連携し槍を突き出す。

 魔力の籠った武器は魔力体ゴーストを間違いなく霧散させる。

 それだけの魔力を込めた、まさに必殺の一撃。

 だが、それは。


「……嘘、だろ」

「馬鹿な……!」


 魔力体ゴーストから伸びた無数の白い手に、握られ止められてしまっていた。

 魔力を込める事で、触れられぬ魔力体ゴーストにも触れられダメージを与えられる。

 それは常識だ。

 だが、逆に言えば魔力さえ込めれば魔力体ゴーストは雑魚。それが常識であったのだ。

 男達だって、魔力体ゴーストは何度も斬ってきている。

 なのに、これは。


「ヴア」

「ぎゃ……!?」


 槍士の男が、魔力体ゴーストの噴いた炎に焼かれ地面に転がる。

 馬鹿な。

 そんな言葉がリーダーの頭の中で何度も反響する。

 馬鹿な、馬鹿な。

 こんな魔力体ゴースト、知らない。

 まさか、未発見の……中級ミルズ魔力体ゴースト

 馬鹿な。

 そんなものが、こんな階層で。


「お、おい。サンシ……」


 残る一人の仲間……罠士の男にリーダーは打開策を求め声をかけるが……返事は帰ってこない。

 代わりに誰かが慌てたように走り去る音が聞こえ……「見捨てられた」とリーダーは直感する。


「おいサンシ! サンシ! ふざけんなてめえ! おいカムザ、まだ動けんだろ!? 後ろからこいつをどうにか……!」


 ガッチリと腕ごと掴まれた斧は、動かない。

 腕ごと掴まれているから、逃げられない。

 押しても、引いても。なんにもならない。


「くそっ、くそ! 離せバケモン! なんで、なんでこんな……!」


 リーダーの腕を掴む魔力体ゴーストの身体に、無数の「顔」が浮かんで。


「イヒヒッ! ヒヒヒッ! ヒフヘハハハアッ!」

「ヘハハッ! ギイアヒア!」

「ゲラゲラゲラ! ウエハハハハ!」

 

 その全てが嘲笑しながら、新たな腕をリーダーへと伸ばしていく。


「ちくしょう! ちくしょう! うあ、あ……ぎゃあああああああああああああ!」


 響く断末魔の声と、黒焦げになって崩れ落ちるリーダーだったモノ。

 それに興味すら示さず……魔力体ゴーストは、その場でしばらく留まり何かをジャラリと吸い上げると……逃げた罠士の男を追い始めた。

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