三度目のダンジョン挑戦5

「オ……オオ……オオオオオオオ!」

「きたぞ、全周警戒! 壁あるからって油断すんな!」


 正面の通路を滑るように飛んでくる魔力体ゴースト達に向かい、エルが大剣を構える。

 その刀身にはすでに魔力が通っており、正面から構えたその姿に隙は無い。

 だが、その額に浮かんだ汗は隠しようもない。

 当然だ。魔力体ゴーストは魔力を含まぬ攻撃はすり抜ける「初心者殺し」とも呼ばれるモンスター。

 壁となる前衛をすり抜けて後衛を殺すこともあると伝え聞くソレを相手に緊張するのは無理もない。

 ない、が……ゴーストのうちの一体が、カナメの矢を受けて燃え上がり消滅する。

 その事実がエルを「負けてられるか」と鼓舞し、その口の端に笑みを浮かべさせる。


「お……らあああ!」


 エルの振るった大剣が魔力体ゴーストを正面から叩き斬り、断末魔の声さえあげずに魔力体ゴーストはボシュッという音をたてて霧散する。

 だが、その頭上と足元を二体のゴーストがすり抜けようとして。


火撃アタックファイア


 エリーゼの魔法で一体が燃え尽き、残る一体もレヴェルの振るう鎌に刺されただけで霧散する。


「ハハハ、凄いな。私の出番がな……おっと」


 横の壁から顔を突き出してきた魔力体ゴーストをラファエラが剣で突き刺すと、その魔力体ゴーストもまた霧散する。


「……出番はあったようだ。よかったよかった」


 更に追加……ということはないようで、カナメは油断なく構えていた弓をおろす。

 この階に降りてきてから初めての戦闘だが、一気に六体の襲撃だ。

 一度に襲ってくる上限などというものがあるのかは分からないし、恐らくはないのだろうが……。


「想像以上に厄介な階だな、此処」

「そうですわね。偶然でしょうけど、魔力体ゴーストが最大に力を発揮できるような構成になっていますわ」


 たとえば、一階層から二階層は掘り進む事も出来ないような分厚い壁で覆われた通路で構成されていた。

 壁から罠が出てくることも無ければモンスターも通路を進んでくる、分かりやすい造りだった。

 だが、三階層は違う。

 まるで都市を模したかのような造りは死角を多くし、薄い壁は魔力体ゴーストをすり抜けさせ探索者を奇襲させる機会を増やす。

 その一方で、探索者にとっては何のメリットもない。

 なにしろ、遮蔽物が防御の役に立たたず「死角」というデメリットにしかならないのだ。

 誰もが足早に三階層を通り過ぎるというのも当然の事だろう。


「だけど、今のは普通の魔力体ゴーストだわ。異常という程ではないように感じるわね」

「そうだな。六体は多いっちゃ多いが、それも異常ってわけじゃねえ。もう少し進んでみないと分からねえけど、この調子が続くなら三階層は「異常なし」ってことでもいいかもしれねえな」


 言いながらエルは床に置いていたランタンを持ち上げ、慎重に周囲を見回し進み始める。

 明らかな異常としてエルが想像するのは、前にカナメと、そしてタフィーと探索した時のような……目に見えて分かる異常だ。

 三階層で魔力体ゴーストが出るのは普通の事であり、多いとか少ないとかでは異常などとは言えないのだ。


「問題は三階層ではなく、二階層から上にあるという可能性もあると思いますわ」

「確かに、最初にエルと来た時は二階層の広間に原因の宝箱があったんだよな……」


 あの宝箱の中身は結局壊れてしまったが、それがそこにあるという事そのものが異常の原因だった。

 ということは、一階層で魔力体ゴーストが出現したという事実が一階層そのものに原因があることを示唆しているようにもカナメには思える。


「まあ、それは私達には求められていないということだろう? この三階層には魔石も出る。報酬代わりにそれを頂いて帰ろうじゃないか」


 ラファエラのそんな言葉に、エルはピタリと立ち止まって……ゆっくりと振り返る。


「……そういや俺等、報酬の話してねえぞ」

「あ」


 言われて、カナメもその事実に気付く。つい流れでここまで来てしまったが、確かに報酬の話をしていない。


「おや、てっきりボランティア精神を発揮したんだと思っていたけれど。違うのかい?」

「んなわきゃねーだろ! ランタンの燃料だってタダじゃねーんだぞ!? くっそう、頭からブッ飛んでた!」


 普段のエルなら絶対にしないようなミスだが、ベルがレヴェルだったという事実がショッキングすぎて状況に流されてしまったのだ。

 だが、たとえ怖い死の神といえど女の子相手にミスの責任を押し付けるのはエルの美学が許さなかった。

 ちなみにカナメとエリーゼは普通に報酬の話を忘れていたし、レヴェルはどうでもいいというスタンスである。


「……まあ、いいや。向こうだってタダで働かせる気はねえだろ」

「どうかな。善意の協力者ってことでボラ」

「言うな。悲しくなる」


 ラファエラは台詞を遮られても楽しそうに笑い、カナメは周囲を警戒しながら「そういえば」と呟く。


「さっきのからは魔石、出なかったな」

「確率結構低いんだよ。その割にゃ高いってわけでもねーしな」

「ふーん……」


 そんな会話をしながら、エルは角をひょいっと覗き込んで。


「げっ……」


 そんな声をあげた。

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