三度目のダンジョン挑戦6

 その道の先にあったのは、通路を埋め尽くすような白い霧……いや、魔力体ゴーストの群れだ。

 集まり過ぎて霧のように見えるが、その薄い発光と……その中に微かに見える顔のようなものを見れば魔力体ゴーストであることは明らかだ。

 エルは素早く頭を引っ込めると、小声で「ヤバい」とカナメ達に伝える。

 

「……魔力体ゴーストが結構な数溜まってやがる。ありゃ一撃で決めないとヤバい」


 エルが先頭で壁として立ったところで、とてもではないが防ぎきれない。

 倒れるとか倒れないとかいう問題ではなく、すり抜けられてしまうからだ。

 そしてエルが前衛にたてば当然エリーゼは強い魔法を使えないし、カナメもあまり広範囲に影響を及ぼすような矢は使えない。

 

「なら、最初から私の魔法でどうにか……」

「どれだけ溜まってるか見えねえぜ。速攻かつ一撃でいけるか?」

「俺の矢はどうかな。数秒必要だけど、たぶん一撃である程度カタがつくと思う」

「見えない場所に溜まってる可能性もある。基本はカナメの矢でいいとしても、撃ち漏らしをどうにか……」


 カナメ達は話し合いながら、壁にペタペタと触れていたレヴェルに視線を向ける。


「……なによ?」

「あー、いや。レヴェルは何かいい手を持ってないかなって」


 代表してカナメがそう聞くと、レヴェルは唇に軽く指をあてて笑う。


「私? そうね。あの程度なら私が突っ込むだけで蹴散らせるけど」

「えっ」

「やってあげましょうか?」


 三人は顔を見合わせ、自発的に見張り役をしていたラファエラにも意見を求め視線を向ける。


「任せるよ」


 そう言って肩をすくめたラファエラから視線を外し……結果として、やはりカナメが代表としてレヴェルに向き直る。


「えっと……レヴェルに危険はないんだよな?」

「心配性ね。あの程度なら今の私でもどうにかなるわ?」

「そ、そっか。じゃあ、お願いしても……いいかな?」

「ええ、任されたわ」


 レヴェルはそう答え、カツカツと音を立てながら角を曲がる。

 その先には、当然魔力体ゴースト溜まりがあり……無数の顔のうちの一つがレヴェルに気付き「オオ……」と声をあげて。

 それを合図にするかのように魔力体ゴースト溜まりから溢れんばかりの魔力体ゴースト達が飛び出してくる。


「オオ……オオオオオオ……!」

「オオオオオオオ……オヴァアアアアア!」

「オオヴエアアア……オイイイアアアアア!」


 この世のものとも思えぬ声をあげ群れ飛ぶ魔力体ゴースト達。


「やべえ……想像したよりずっと多いぞ!」

「レヴェル……!」


 矢を番え飛び出そうとしたカナメを、広げられたレヴェルの両手が止める。

 手を出すな。そんな意志の込められたその様子に、カナメの足は止まって。

 通路を埋め尽くす無数の群れに、レヴェルは酷薄な笑みを浮かべる。


溢れ出よレルセト・怨嗟に満ちし子等アルヴィセム


 レヴェルの足元から、どろりとした黒い闇が広がる。

 それは通路を埋め尽くし、黒に染めて。


「オオオオオオ……オオオオオオオオアアア、ア?」


 レヴェルに触れる直前の魔力体ゴーストを、その「黒」から伸びた手の群れが掴む。


「オ、オオオオオ!?」

「オオオオオ!」

「アアアアアアアアアア!」


 廊下に広がった「黒」から溢れ出る無数の黒い手は、魔力体ゴースト達を掴み、引きずりおろし……天井近くに逃げ去った魔力体ゴーストも、天井の「黒」から生えた手に捕まってしまう。

 響く絶叫も、別の手が魔力体ゴースト達の口を塞ぐ事でくぐもった音と化し……やがて、完全な静寂へと変わる。


「これで、おしまい」


 その静寂に響くのは、レヴェルの鳴らす指の音。

 一体残らず捕獲された魔力体ゴースト達は……それを合図に、一斉に「黒」の中に引きずり込まれる。

 全ての魔力体ゴーストが抵抗空しく引きずり込まれた後には、その「黒」すらも残らず……通路に落下する無数の魔石が拍手のような音を奏でるだけ。

 それすらも僅かな間に収まり……レヴェルは振り返り、ぼうっと見ていたカナメを見つけて微笑みドレスの端を軽く持ち上げる。


「如何かしら、カナメ。貴方と私が繋がっている限り。今の私でも、このくらいの芸当は可能だわ?」

「あ、ああ。凄いよレヴェル」

「すげえってか……すげえ!」


「すげえ」しか感想が出なかったらしいエルを押しのけて、エリーゼが前に出る。


「今の魔法……闇魔法ですの? でも、あんなもの……見たことがありませんわ」

「ええ、闇魔法よ。見たことないのは当然ね、私も普人に魔法なんか教えた事ないもの」

「で、でも! 現代に伝わる魔法の基本は神代のものを継承して……!」

「その時代の普人の魔法、でしょ? 今は違うみたいだけど、昔は各個人毎に魔法を作るのが当たり前の時代だったもの」

 

 呆れたようなレヴェルに、エリーゼはうっと小さく呻いて黙り込む。

 エリーゼも独自に魔法を研究し構築してはいるが、それとて「隠し玉」の扱いだ。

 その基本は、今の魔法士の基準と何ら変わるところはない。

 大魔法と呼ばれるものも幾つか会得しているし、そういう意味ではエリーゼは魔法士としても「極めて優秀」な部類に入る。

 だからこそ、理解できる。

 レヴェルの使った魔法は、その大魔法よりも更に精密にして緻密な構成の魔法であるということを。

 そんなエリーゼの心境を理解したのだろうか、レヴェルは真面目な顔でエリーゼへと告げる。


「別に卑下する必要はないわよ、えーと……エリーゼ? 私は闇魔法は得意だけど、他の魔法は苦手だもの」

「……気休めなんていりませんわ」

「なによ、めんどくさいわね。本当の事よ。闇魔法が得意なのは私の能力がそっち寄りのせいだもの。あと、辛気臭いのは嫌いよ」


 レヴェルはそう言い放つと「見てんじゃないわよ」とエルの膝を軽く蹴る。


「いってえ……じゃあ、魔石拾って……行くか?」

「そうしよっか。ほら、行こう?」


 膝をさするエルにカナメは苦笑しながら頷き、エリーゼに手を差し出す……が、その手をふわりとレヴェルがとる。


「あら、気が利くじゃない」

「え、あ。えーっと」


 悪戯っぽくクスクスと笑うレヴェルにカナメはどうしたものかと頬を掻き、しかし次の瞬間にはズカズカと歩いてきたエリーゼがカナメの手をレヴェルから奪いとる。


「……私、負けませんわ」

「あら、そう」


 ほんの少しだけ楽しそうに笑うレヴェルと、睨み付けるエリーゼ。

「神」に対しては不敬な態度なのかもしれないが、この方がカナメはホッとする。


「あー、いいんだけどよ。帰ってからやってくんねえかな」

「魔石全部拾っといたよ、エル」


 ほんわりとした空気に置いて行かれたエルは、マイペースに話しかけてくるラファエラに「……おう、ありがとな」と答えて、ガックリと肩を落とした。

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