三度目のダンジョン挑戦2

「なんだあ……?」


 ダンジョン受付前の人だかりに、エルがそんな声をあげる。

 朝に受付が混んでいるのはよくある事だ。

 ダンジョン内で泊まる事を良しとしない「日帰り勢」や、夜にダンジョンに入るのは良くないという縁起担ぎやら……あとは単純に仲間探しに良い時間だという理由やらで混むからだが、それにしてもこんなに……しかも受付を囲むように混んでいるのは異常だ。

 

「なあ、おい。なんでこんなに溜まってんだ?」

「なんかダンジョンに入場規制かかってるらしいぜ。それで今日は入れないとかなんとか」

「はあ!?」


 聖国では、基本的にダンジョン関係以外での仕事が少ない。

 盗賊は聖国を囲む「聖域の壁」で入ってこれないし、精々が何処からともなく現れる野良モンスター退治や害獣退治くらいのものだ。

 自然と「ダンジョンからこういう素材を持ってきてほしい」などといったような依頼が中心になり、ダンジョンに入れないという事は稼ぎに直結する。

 蓄えのない冒険者はそれこそ神殿で煙突掃除やら壁磨きやらの仕事を受けてこないと生活できなくなるのだ。


「ええー……今度はなんだよ……って、あ。まさか、例のか」

「おう。規制するってことはマジなのかなあ」

「さあなあ」


 そんな軽い情報交換を終えると、エルは様子を見ていたカナメ達のところへと戻ってきて肩をすくめる。


「ダメだ。俺が誘っておいてなんだけど、例の噂関連でダンジョンに規制かかってやがる」

「じゃあ、聖騎士がダンジョンで行方不明になったってのは……」

「そうとも限りませんわよ」


 唸るエルとカナメに、エリーゼはそう告げる。

 人混みの向こうを見透かすかのようにしているエリーゼに、カナメは疑問符を浮かべる。


「え? どういうことだ? 実際行方不明になってるから規制かかってるんだろ?」

「おそらくですが、順序が逆なのですわ。そうでないと説明がつきませんもの」


 聖騎士が何人か行方不明になっているらしい。

 ダンジョンを巡回してる聖騎士が中で何かがあって帰ってこれなくなったのを隠しているのではないか。

 そして、魔力体ゴーストのこと。

 これがエルの拾ってきた聖都での噂だ。

 そして、今日のダンジョンの入場規制。

 この噂と事実の二つを合わせれば、噂が真実であるかのように見える。

 しかし、だ。本当にダンジョンで聖騎士が行方不明になったのであれば、その時点で捜索隊が組まれるのが本来の在り方だ。

 ダンジョンでおかしなことが見つかれば、カナメとエルの時のようにその場で入場規制がかかる。

 隠蔽するのであれば規制などせずにこっそりやるだろうし、このタイミングで「隠蔽してましたが、やっぱり大々的にやります」などとする理由がない。

 ……つまり、噂とダンジョンの入場規制は関係がないと考えるのが普通だ。


「……あるいは、噂が無視できない範囲になったからダンジョンを規制して「調査したが噂は事実ではない」と発表するのか。というところですわね」

「えーと……調べたから安心しろって話だよな?」

「無責任な噂を流すなという牽制もあるかもしれませんわね」


 そんなことをすると、こうやってダンジョン規制するぞ……という、そういうやり方の可能性もある。

「しばらく入れない」ではなく「今日入れない」は、そういう意味かもしれないということだ。


「なるほどなあ。よく考えられているものだ」

「とすると、明日には規制が解けるってことか?」

「知りませんわよ、そんなの」


 ラファエラとエルにエリーゼがそう答えると、エルは「そりゃそーだ」と笑って。

 しかし、そこで黙っていたレヴェルが口を開く。


「カナメ、貴方なら入れるんじゃないの?」

「えっ」

「統治上の理由が問題であるなら、何か屁理屈をつければごり押しできるということよね?」


 勿論屁理屈だけではなく権力や権威といったものも必要だが、今のカナメには聖国内に限りそうしたモノがある。


「あ、いや……でもどうしても入らなきゃいけないわけじゃないだろ。そういう力の使い方はどうかなあ」

「まあ、貴方がそう言うならよいのだけれども」


 アッサリと意見を引っ込めたレヴェルにカナメは「んー」と困ったように唸る。

 確かに出来る、かもしれない。

 出来るかもしれないが……聖国の事情でやっているのであればカナメがゴリ押しするのはやはり間違っていると思うのだ。

 

「んじゃ、また明日ってことにして今日のところは……」

「あ、ちょっとそこの方!」


 帰るか、と言いかけたエルの言葉を、かけられた声が遮る。


「ん?」


 振り返ったエルの目に映ったものは、何やらガチャガチャと鎧を鳴らして走ってくる聖騎士。

 俄かに注目を集めながらも、聖騎士はエル達の元にやってきて……レヴェルを見て、次にカナメを見る。


「……確認するようで申し訳ないのですが、お名前を伺っても?」

「え? 俺? カナメ、ですけど」

「そちらはお仲間ですか?」

「は、はい」


 頷くと、聖騎士はカナメにだけ聞こえるような声で囁く。


「……良いところにいらっしゃいました。助力を願いたい……ご同行願えませんでしょうか」

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