エル勧誘2
エルの予想通り、今日も流れる棒切れ亭に客の姿はない。
そういう意味では、どうやって経営が成り立っているか不思議な部分はあるのだが……。
「エルに、俺の作る組織に入ってほしいんだ」
「いいぜ」
「え!?」
即座に了承を返してくるエルに聞いたカナメの方が驚き、思わず聞き返してしまう。
「俺、まだ何も説明してないけど……え? いいのか?」
「なんかデカい事しようとしてんのは分かるよ。この国が関わってんなら怪しい話じゃないだろうしな」
「あ、いや。そりゃそうだろうけど。エルにだって目標あるだろ? ほら、英雄になるとか言ってたし」
「それ知ってて誘ってんだろ? お前なりに俺にメリットがあると思ってる。違うか?」
「いや、違わないけどさ」
「だろ?」
信頼してくれているのかもしれないが、こうもアッサリと話が進んでしまうと逆に違和感がある。
まあ、エルの前に誘った人がああだったので仕方ないのかもしれないが……。
「えっと……一応説明するけどさ。この聖国に持ち込まれる依頼を処理しつつ、この聖国で起こったみたいな事件を見つけて解決する正義の味方的なことをやりたいと思ってるんだ」
「なるほどなあ」
「な、なるほどって」
頷いているエルに、カナメは思わず心配になる。
別に驚いてほしいわけでも喜んでほしいわけでもないが、こうも反応が薄いと気になってしまう。
だが、そんなカナメをエルは真剣な表情で見据えてくる。
「なあ、カナメ。今回の聖国の事件だけどよ」
「え? あ、ああ」
「俺ぁ結構最初から関わってんのに、蚊帳の外だったよな」
「ん……」
確かにそうだった。エルとはこの聖国に来る直前から一緒にいるが、ダンジョン内での件を除けばほとんど蚊帳の外だ。
タイミングが悪いということもあるが、仲間というよりは同行者という立場なのも大きかっただろう。
カナメ達の事情に巻き込むには、少しばかり気が引けるものがあったのだ。
「誘ってくれて嬉しいぜ。お前の抱えてる事情は知らねえけどよ、お前と組むのは楽しかったしな」
「事情……」
「なんかあるんだろ? でなきゃ正義の味方やるなんて言わねえよ」
相変わらず、エルは妙なところで察しがいいとカナメは思う。
全部話してしまえればいいのだろうが……いきなり全部話したところで、どの程度理解してもらえるかは分からない。
「まあ、話したくなきゃいいぜ。仕事内容については聞いたから、あとは報酬の話だ。その辺どうなってんだ?」
「あ、ああ。えーっと……いわゆる組織の職員的な人……この場合はエルもそうだけど、そういう人には月毎に一定の額が出る。その他は適宜、かな。セラトさんと話し合って色々充実させたつもりだけど」
武器防具の調達、修繕。何かあった時の治療体制。遠出の交通費、宿泊費。
一般的なものから少し珍しいものまで充実させている。
特に武器防具などの項目に関しては騎士団のものよりも充実しているといっていい。
「ほー、そりゃ期待できる。で、いつ動くんだ?」
「建物が完成次第、かな……その間に色々揃えていく手筈になってる」
内装もそうだが告知の為の準備、人員、予算の用意……カナメが直接やるわけではなくセラトが色々と動いてくれているが、やるべき事は色々ある。
凄まじい急ピッチで進んではいるが……恐らく、全てが完了するまで一月はかかると言われている。
そう、一月だ。一年ではなく、一月なのだ。
ダルキンとの戦いで二百以上に増えた竜鱗兵達をも使い建築技法の革命を起こしながら進むクラン本部は、常識を超えた速度で建築中である。
「ふーん。じゃあお前、しばらくは暇なんだな」
「いや、本当は暇じゃいけないんだろうけど……「労働力を充分提供してもらってるからいい」って断られるんだよな……」
溜息をつくカナメをエルはじっと見て、考え込むように天井を見上げる。
「ん? どうしたんだよ。何かあるのか?」
「んー……? 何かあるってわけでもねえんだけどな。お前、聖騎士団の話知ってるか?」
「え?」
聖騎士団がどうしたというのかとカナメが身を乗り出すと、エルはふむと頷いてみせる。
「その様子だと知らねえんだな」
「何がだよ?」
「いや、実はな……ダンジョンで聖騎士が行方不明になってるって噂があるらしい」
「え!?」
それが本当なら大騒ぎのはずだ。
しかし、カナメはセラトからもそんな話は聞いていない。
まさに今回のカナメの作る組織向けの話であるだけに、話していてくれても良さそうなものだが……。
「いや、あくまで噂だぜ? 潜る連中の間で冗談みたいに言われてるだけだ」
エルは苦笑すると、その噂話を聞かせてくれる。
「なんかな、今回の騒ぎに前後して聖騎士が何人か行方不明になってるって噂があるんだよ。で、ひょっとしたらダンジョンを巡回してる聖騎士が中で何かがあって帰ってこれなくなったのを隠してるんじゃねーかって噂がだな……」
勿論、噂はあくまで噂だ。
どの聖騎士が行方不明になったという具体的な情報があるわけでもないし、そういう報告がされているわけでもない。
情報屋ですら売り買いに難を示しそうな、その程度の話だ。
「噂かあ……」
「おう、噂だ。けどよ、単なるガセってわけでもねえんだぜ」
エルはそう言うと、聞かれてはいけない話をするかのように声量を下げる。
「……二階で
その言葉に、カナメはピクリと眉を動かす。
確かに、覚えがある。
エルとダンジョンを潜った時……ドガールと会った時の話。
「まさか、また同じ事が起こってるっていうのか?」
「さあな。でも、気にならねえか?」
潜ってみようぜ、と。
エルはそう言ってニヤリと笑った。
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