レヴェルとカナメ
「それでですね、カナメ様……」
「入るわよ」
エリーゼが何かを言いかけた直後、カナメの部屋の扉が開いてレヴェルが顔を出す。
「あ、レヴェル。おはよう」
「ええ、おはようレクスオール。ついさっきぶりね?」
「え? さっき?」
エリーゼが疑問符を浮かべるが、「あの場所」に連れて行ったことのないエリーゼにどう説明していいものか。
「あー、えっと。夢の中での話というか……神様の」
「秘密の話よ。で、レクスオール。貴方の言ってた組織の話についてなんだけれども。いいかしら?」
「いいけど……今じゃないとダメかな」
言いながらカナメはエリーゼに視線を送る。
今まさにエリーゼとの話の最中だったのだが、どうにもレヴェルはカナメ以外には愛想がよくない。
フォローしようにも本人が「普人は嫌い」と公言して憚らない為、どうしようもない。
「ダメよ。私以上に優先する用事があるっていうのかしら?」
「あ、えーと。カナメ様。私は一度失礼しますわね」
「ごめんな……」
エリーゼもそんな空気を読んだのか、部屋を出て行って。静かになった部屋で、カナメは困ったように頭を掻く。
「んー……その普人嫌いっていうの、なんとかならないかなあ」
「ならないわね。ここ数日、この……今は「大神殿」だったかしら? 所蔵されてる本を読んでたけど、酷いものよ。より普人が嫌いになったわ」
「せめて公言しないようにしてくれると助かるんだけど。俺、ルヴェルレヴェル神殿の神官さんに「どうしたらお怒りが解けるのか」って相談されちゃってるし……」
そう、ルヴェルレヴェル神殿の神官達はレヴェルに嫌われているとあって気が気ではない。
なにしろ他の神殿と違って神話の神本人が降臨してしまっているのだ。
なんとしても歓待したいが、レヴェル本人に虫を見るような目で見られてはどうしようもない。
ならばとレクスオールかあるいはレクスオールの力を持つ者か、ともかくレヴェルに唯一気に入られているカナメになんとか仲裁してくれと話がきてしまうのだ。
「無視していいわ。私は彼等に何も期待する気はないもの」
「……なんでそんなに嫌ってるんだ?」
その理由になるかもしれない話は、前にチラッと聞いたことはある。
確か普人はかつての戦いで戦わなかったとか……そんな可能性があるといったような話だったろうか。
「普人はほんの一握り……片手で数えられる程の者を除いて、全員が逃げたからよ。ゼルフェクトに忠誠を誓えば生き延びられると信じた馬鹿も居たわね」
それは……確かに酷い。
しかし、逃げるといっても何処に逃げるというのだろうか。
逃げたって、戦って勝たねば滅ぼされてしまうだろうに。
「……「虹」については知ってるかしら? この時代では「神々の虹」とか呼ばれてるらしいけど」
「えーと……確かゼルフェクトに滅ぼされた「もう1つの大陸」に繋がってる橋、だっけ?」
確か、ダルキンにその話を聞いたことがあるな……とカナメは思い出す。
今は連合の支配地域にある、という話だったはずだ。
「そうよ。アレは大陸一つをゼルフェクトとの決戦の舞台と想定し、「この大陸」を避難所とするためのもの……だったのよ」
なるほど、確かにダルキンも「草一本生えない呪われた地」と言ってはいたが……。
「実際、それはとても上手く機能したわ。この大陸には基本的には触れされなかったし、この場所も今に残っている。きっと私達は上手くやったのね」
ゼルフェクトの決戦がどうなったのか、此処にいるレヴェルには分からない。
此処にいるレヴェルはあくまで「此処に記録された時点でのレヴェル」であり、決戦の果てに死んだレヴェルではないからだ。
「でもそれも、全てが終わった後に誰もが笑う平和な世界が来ると信じたからこそよ。それが何? 普人ばかりが栄華と繁栄を謳歌して、戦人と魔人は何処で細々と生きているかも分からない。それどころか、彼等を奴隷として扱うクズも居たらしいわよ?」
時期的には、英雄王の時代と微妙に重なる。
かつての戦いを記憶の彼方に忘却し、伝説として誰もが忘れかけた時代。
自分達とは違う者を下位に置く、そんな何処にでもありがちな悲劇。
その時代の多数がそれを悪と断じ廃れたが、そんな「歴史」も確かにあった。
「え、奴隷って。でも戦人も魔人も普人より……」
「どうとでもする手段はあったということよ。気分が悪くなるから話したくはないわ」
そう吐き捨てると、レヴェルはベッドに座るカナメに詰め寄る。
「レクスオール。私はね、知れば知るほど普人が嫌いになるわ。ひょっとしたらこの時代にも私達と共に戦った「一握り」がいるのかもしれないし、貴方の周りにいるのがそうなのかもしれない。愛するこの世界を守る為ならもう一度死ぬのも怖くはないし、貴方に会った時に言った言葉を撤回する気もない」
でも、とレヴェルは言う。
「でも、普人は嫌いよ。貴方が普人を好きになるのを止めはしないけど、私が普人を好きになる事はない。貴方も、私にそれを強制しないで」
それは、本気の言葉で……本気の目だとカナメは悟る。
レヴェルは、本気で普人を嫌っている。
「憎む」ではなく「嫌う」のは、レヴェルの中に残った唯一の愛であり慈悲なのかもしれない。
当時の事を知らないカナメには、その心の内は想像するしかない。
……だからこそ、強制する事なんて出来るはずもない。
「……分かった。好きになれとは言わないよ。でも、せめて……その。もう少し抑えてくれると助かる」
「配慮はしてるつもりだけど……まあ、そうね。表面上はもう少し装ってあげる。でも、今でも普人共とそれなりに交流はしてるのよ? 貴方の言う私を祀る連中は無理だけど」
できれば配慮して欲しいのはそこなんだけどな……とカナメは溜息をついて。
「で、組織の話っていうのは?」
これ以上は無理だろうと諦めて、そう話題を変えた。
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