ヴィルデラルト8

 目を開くと、そこは何処かの建物の中だった。

 白い石で作られた、礼拝堂のような場所。

 天井近くに据えられた窓から光の差し込む此処は、荘厳な雰囲気をもっていて。

 カナメは、数日ぶりに「此処」へ来たのだと実感する。


「久しぶりね、此処も」

「レヴェル……」

「あら、驚かないのね」

「ん、まあ」


 悪戯っぽく笑うレヴェルに、カナメは曖昧に頷く。

 魔力が混ざると此処に連れてきてしまうのは、イリスやアリサの例で確認済みだ。

 ならば魔力が繋がっているレヴェルをこの場に連れてきてしまうのは当然であり……しかし、そんな事を自信満々に説明出来る程カナメは軽い男なつもりはない。

 ……が、カナメを見上げていたレヴェルは「ふうん」と意味ありげに笑う。


「なるほど、すでに誰か連れてきてたのね。以外に進んでるのかしら。誰? 赤い子? それとも、あっちの小さい子? いや、あの大女ってのもあるわね。貴方の信奉者みたいだし」

「え、いや。えーと」


 アリサもイリスも連れてきているとは言えずにカナメはそっと目を逸らして。


「やあ」

「うわあっ!?」


 逸らした先に立っていたヴィルデラルトに気付き思わず大声をあげてしまう。


「今日は僕の神殿に直接来るとはね。ひょっとしたら、僕と君の繋がりが深くなってきているのかもしれないな」

「あら、でも残念ね。今回選ばれたのは私だったらしいわよ?」

「おや、懐かしい顔だ。久しぶり……と言うのも、君にしてみれば奇妙な感覚なんだろうけど」

「そうね。でもまあ、その辺りの感覚もこの数日で修正出来てきたわ」


 カナメの後ろから出て来たレヴェルに、ヴィルデラルトは懐かしそうに目を細める。


「正直に言って、ディオスの魔法が発動するかは心配だったんだけど……やっぱり凄いな。こうして目の前で見ても、本物とあまり区別がつかない」

「何言ってるの、魔力を見れば一目瞭然でしょ。貴方感覚が鈍ったんじゃないの?」

「ハハハ、相変わらずキツいな」


 そう言って笑っていたヴィルデラルトは、その笑みを引っ込めるとカナメに向き直る。


「さて、カナメ君。どうやら、また一つ運命を乗り越えたみたいだね」

「……あの。それで聞きたかったんですけど。数日前の無限回廊の……」

「ラファズを名乗ったアイツか。実のところ、アイツの侵入を弾く為に調整をしててね。対策が終わったばかりなんだ」

「ラファズ?」


 カナメとヴィルデラルトの言う「ラファズ」が何か分からずに、レヴェルが首を傾げる。

 そういえばレヴェルは知らなかったな……とカナメは気付くが、カナメ自身ラファズをどう説明したものか分からない。


「えっと……なんていうか、敵なんだけど。俺もどう説明していいのか。ヴィルデラルトなら知ってるかもと思ってたんだけど……」

「残念ながら、僕も詳細に説明することはできないよ。でも、そうだな。アレはゼルフェクトの欠片の欠片……の残滓が、心を持ったものだと思う」

「ちょっと。ソレ壊したんでしょうね?」

「……たぶん?」


 そう言ってカナメが自信なさそうに首を傾げるが、ヴィルデラルトは「生きてるよ」とアッサリ告げる。


「え、ええっ!?」

「昨日くらいまで、無限回廊に僅かに反応があった。入ってきてはいないけど、アレの中に残ってるカナメ君の力に反応して引き寄せられていたみたいだね」

「……ちょっと待って。なんでゼルフェクトの欠片にレクスオールの力が混ざってるのよ」

「欠片の欠片の残滓だね」

「どうでもいいのよ!」


 レヴェルが苛立たしげに床を踏んで鳴らすと、ヴィルデラルトは肩をすくめる。


「カナメ君の力は知ってるだろう? 彼がゼルフェクトの力を固めて作った矢に心が宿った。そんなところだろうね」

「……いえ、有り得ないでしょ。たとえゼルフェクトのものだろうと力は単なる力よ? しかもレクスオールが矢として作ったものに心が宿った? 何それ、何処かで兄さんの力でも混ざったの?」

「ルヴェルは関係ないさ。それに有り得ない話ではあるけれど、見方を変えてみれば有り得る話にも成り得る」


 そう言うと、ヴィルデラルトはレヴェルに視線を合わせる。


「直接相対した君なら知ってるだろうけど、ゼルフェクトは「欠片が別の意志を持つ」ような有り得ない奴だ。其処には至らない残滓がカナメ君の魔法に込められた意志と混ざり合い「方向性」を得た結果、心を得るに至った……という可能性だってある」

「……だとしたら、そいつは何を狙ってるのよ。心を得たって、そいつもゼルフェクトなんでしょう!? 放置するのがどれだけ危険だと思ってるの!?」


 レヴェルのあまりにも当然な意見に、しかしヴィルデラルトは答えない。


「ヴィルデラルト。貴方、さっき無限回廊の調整がどうのこうのって言ってたわね」

「ああ」

「そいつが無限回廊に接続できるっていうんなら。行先を追う事だって出来るんじゃないの?」

「無理だ。どういうわけか、すでに反応は消失している」

「……!」


 掴みかからんばかりのレヴェルに、ヴィルデラルトは冷静なまま「落ち着くんだ」と呼びかける。


「僕も全部の行動を追えていたわけじゃないが、あのラファズの行動はゼルフェクトにしてはおかしい」

「ゼルフェクトの行動がおかしいのは当たり前でしょう?」

「そうじゃない。何といえばいいのか……破壊衝動があるように見えなかったんだ」

「……は?」


 破壊神ゼルフェクト。その「破壊神」の名が示す通り、ゼルフェクトは何もかもを破壊するだけの存在だ。

 そこに一切の区別はなく、一切の例外もない。

 ラファズもゼルフェクトであるならば、当然破壊衝動が受け継がれているはず。

 しかし、それが無いというのは。


「僕の予想だが、カナメ君の魔法に籠った意志が影響しているように思う」


 もしラファズがカナメの意志を軸として自己を形成したというのならば、それによって破壊衝動が抑えられるか消えるかしたのではないか。

 それがヴィルデラルトの考えなのだが……。


「もし次にラファズに会う機会があるならば、その意志を問いただしてみてほしい。ひょっとしたら……そこに、ゼルフェクトの脅威を本当に消し去る可能性があるかもしれない」


 その言葉と同時に、カナメの意識は暗転した。

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