ダルキン勧誘2
世界樹。それは一言で言えば魔力を多量に含む木である。
生きとし生けるもの、植物から動物に至るまで魔力を持っているものだが……世界樹は特にその含有量が多い。
人よりも多くを蓄え、生成すると言われる世界樹は硬く、大きく育つ。
具体的には百年以上をかけて雲をも貫く大きさに育つとされており、切り倒そうとした者の斧のほうが砕けたという逸話もある。
そんな世界樹は最高級の木器の材料とされており、杖の素材とした時には最高の魔力伝導率を叩き出すとも言われている。
他にも使えば使う程馴染むといった噂もあるが……実のところ、世界樹は世界に二本しかない。
当然、武器に加工できるような枝などは簡単に出回るはずもなく。
王国と帝国に一本ずつ存在する世界樹のある場所は、これ以上ないくらいに厳戒態勢が敷かれている。
「お爺ちゃんのと私の棒は、そういうので出来てるです」
「う……なんでそんなもの持ってるのか聞くのが怖いな」
「お爺ちゃんが若い頃に帝国軍に」
「ごめん、戦う気が萎えるから後で」
何故戦う前に相手の無双エピソードを聞かねばならないのか。
悲壮感を演出したところで、腰が引けるだけなので何もいいことがない。
「カナメ様は、追い込んだ方が覚悟が決まるかと思ったですが」
「……否定はしないけどさ」
屋根を跳んでいたカナメとルウネは、やがて聖都の外へと降り立つ。
其処にはすでにダルキンが待っていて。しかし、いつもの穏やかな雰囲気とは全く異なる……全身からプレッシャーを放つ姿がそこにはあった。
大神殿での件を経てカナメ自身、様々な能力が上がった自覚があった。
しかし、だからこそ理解してしまう。
目の前にいるダルキンが……どれだけ危険なモノであるかを。
「……すごいな。ラファズと相対した時だって、こんなにヤバいとは思わなかったぞ」
「お爺ちゃんは、一人で当時の王国と帝国に「頼むからやめてくれ」と言わせた経歴あるです。油断すると……死ぬまではいかなくても、その寸前までいくです」
「気をつけるよ」
といっても、まさかルウネの祖父相手に
カナメは頭の中で使える矢を計算し……そこで、黙って立っていたダルキンが口を開く。
「さあ、そろそろ準備はいいですかな? 初手は差し上げましょう。好きなようにされると良いですよ」
「……と言われても、実際困るんだよな……殺す気でやらないとヤバいと分かってるけど、実際殺したらどうにもならないし……」
これは確信に近いが、
必中の
「当てたが負けた」では意味はなく、かといって
と、なると……「殺さず、尚且つ勝てる矢」を選ぶ必要が出てくる。
「……よし、決まった。ルウネ、フォロー頼む」
「はいです」
カナメは矢筒の中から一本の矢を取り出すと、それを番える。
赤い竜のような装飾のついた矢。その正体を看破し、ルウネはピクリと眉を動かして。
カナメは弦を引き絞り……その矢を、
「……む?」
この矢は、ダルキンは初見。故に何が起こるかを看破される心配はなく……空に広がる赤い霧を見上げたダルキンは、同時に走るルウネに視線を戻す。
ダルキンとルウネ。一対一であれば先程の攻防から分かるようにルウネ不利。
しかし、しかしだ。ダルキンは感じ取る。
頭上から、無数の翼持つ竜鱗の赤騎士達が舞い降りてくる事を。
その構えた大剣が、自分に向かって迫ってくることを。
「なるほど……なるほど! こんなものが!」
舞い降りる竜鱗騎士達に獰猛な笑みを向け、ダルキンは剣を振るうルウネに容赦のない蹴りを入れて弾き飛ばす。
弾き飛ばされたルウネは即座に態勢を立て直し跳ぶが、即座にダルキンによる突きが入って。
だが同時に竜鱗騎士達がダルキンに向けて一斉に刃を振り下ろす。
本当に殺すつもりはない。寸止めにし、刃でその周りを囲めばダルキンとて降参するだろう。
「……まあ、こけおどしの域は出ませんな」
だが、ダルキンは全く臆さずに突き出される無数の大剣を……竜鱗騎士達を棒で弾き飛ばす。
群がる竜鱗騎士達を弾き飛ばしていくその姿には、一切の焦りがない。
当然だ。ダルキンからしてみれば、竜鱗騎士達の剣術は児戯同然。
そんなものが幾ら集まったところで、怖いはずがない。
もしこれでダルキンをどうにか出来ると思ったのなら、期待外れかもしれない。
そう考えたその瞬間、ダルキンの身体に一本の矢が命中する。
「……ほお」
その矢はダルキンに触れた瞬間に巨大な鉄輪に変化しダルキンを締め上げて……その隙を逃さずルウネの蹴りがダルキンの手元から棒を弾き飛ばす。
同時に竜鱗騎士達がダルキンに襲い掛かり刃を四方八方から突きつける。
「なるほど。最初の派手な矢は囮と目隠しといったところですかな? あくまで殺さない方向で考え、この鉄輪の矢で私を拘束することを狙った……と」
「ええ。最初から撃っても避けられると思いましたし……たぶん、俺がこういう矢を撃ってくる事は読んでましたよね?」
弓を下したカナメの言葉に、ダルキンは「勿論」と言って笑う。
ダルキンがあれだけ殺気を叩きつけたにも関わらず、カナメには最初から最後まで殺気がなかった。
つまりその時点で「必殺」と呼べるような技は使ってこないとダルキンには確信できていた。
ならば何らかの形でダルキンを行動不能にしようと狙ってくるのは間違いない。
それ故に、ダルキンは「カナメの矢を回避」することを基本戦術としていた。
そして、それ故に
たった一つで必殺足りえる故に、これこそがカナメの選んだ「拘束手段」だと思わされたのだ。
「……ルウネ。拘束後に棒を弾き飛ばしたのは?」
「お爺ちゃんなら、棒を持ってるだけでヤバイ、です。拘束して安心、とか出来ないです」
「ふむ」
「どうですか、ダルキンさん。そろそろ「やめにしてもいい」のでは?」
「そうですなあ……」
そう呟くとダルキンは、自分を拘束していた鉄輪を内側から砕く。
「げっ!?」
「まあ、このくらいでやめにしましょうか。これ以上は殺すか殺されるかの話になりますしな」
流石のダルキンも、孫娘の初めて得た主人を殺しにかかるのは気が少しばかり引ける。
もし頼りないようであればボコボコにして鍛え直すつもりだったが……まあ、一応それなりではあるだろう、と。
そんな物騒な事を考えながらダルキンは笑う。
「では、そうですな。一応カナメさんが私の仮の主人ということに致しましょうか」
「仮って。いや、いいんですけど」
「カナメさん……いや、カナメ殿と呼びましょうか。孫共々、よろしくお願いしますよ」
「はあ。えっと……よろしくお願いします」
なんだかイマイチ勝った気がしないカナメではあるが、だからといって本気の殺し合いがしたかったわけでもない。
試合と考えれば……まあ、こんなものなのだろうかとは思う。
そもそも戦いに来たわけでもないのだから、その思考もおかしいのだが。
「……ルウネはお爺さん似じゃなくてよかったよ」
「お爺ちゃんが特殊なだけ、です」
何はともあれ、ダルキンを組織に加える事を無事決めたカナメではあった、が。
今日はもう帰ったら寝ようかと。そんな事を考えていた。
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