ダルキン勧誘

 流れる棒切れ亭。

 ヴェラール神殿の近くに存在するこの店は、今回の騒乱の中でも無傷で残っていた。

 すでに聖騎士達も神官騎士達も元の場所に戻った店の中はいつも通りに客の姿はなく、ダルキンがグラスを磨いているだけだ。

 そんなカウンターにはカナメが座っており……どう話を切り出したものかと冷や汗をかく。

 背後にはルウネが立っているが、今の所口を出してくるつもりはなさそうだ。

 しかし、それも当然。

 これはカナメがやるべきことであり、ルウネが奪うべき仕事ではない。

 従者がやる事とは、主人がやるまでもない事。

 もっと言えば、組織のリーダーとなるカナメでなくとも出来る事。

 そしてこれは、その組織にとって重要な人物をスカウトする……つまり、カナメでなければいけない仕事なのだ。

 故に、カナメはゴクリと唾を呑み込み言葉を紡ぎ出す。


「……ダルキンさん。実は、お願いがあります」

「内容によりますな」


 ダルキンから返ってきた答えは、反応としては悪くない。

 悪くはないが……まだ本題を切り出す前の前座だ。


「実は、新しい組織をこの聖都に作ることになりまして……そこに、ダルキンさんの力を貸してもらえないかと」

「ふむ」


 そこで初めて、ダルキンは磨いていたグラスを置きカナメに視線を合わせる。

 ようやく話を聞く気になったとでも言うのだろうか、その視線の強さにカナメは思わずゾクリとする。

 セラトの知る限りでは最強のバトラーナイトと言わしめるその視線は苛烈で……しかし、カナメはそれを正面から睨み返す。


「力を貸せと仰いますが、どのように? 文字通りに戦力として期待しているとでも?」

「戦力として期待してるのはその通りですが……セラトさんは、ダルキンさんは人を見る目があると仰ってました。俺が作ろうとしてる組織には……カウンターで色んな人と接しながら、見込みのある人を引き入れることが出来るような、そんな人が必要なんです」


 そう、それには自ら主人を見極めるバトラーナイト、あるいはメイドナイトの力は必須だ。

 ルウネに頼んでもいいのだが、ルウネはカナメの側を離れたがらない。

 冒険者という荒くれの多い連中を相手にすることを考えると、ダルキンのような百戦錬磨の人物を引き入れたくもあった。

 まさか全員をバトラーナイトやメイドナイトで揃えるわけにもいかないが、一人居ればひとまずは充分だろう。


「……俺に、力を貸してもらえないでしょうか」

 

 頭を下げるカナメに、ダルキンは目を瞑り……何かを考えるように沈黙する。

 数秒、あるいは数分。短いようにも長いようにも思える沈黙が続き……カナメは沈黙に耐えられないかのように口を開きかけて。


「!?」


 眼前に、カウンターに土足のまま駆け上がったルウネの姿と……遅れて響いたガキンという音が聞こえてくる。

 そう、そこにあったのは一本の棒を振り下ろしたダルキンの姿。

 そして、それを何処から取り出したのか分からない一本の剣で防いだルウネの姿であった。


「ふむ。私相手に剣を使うとは……」

「ルウネは、お爺ちゃんとは違うです。いざとなれば剣だって使うです」

「なるほど。道理だ」


 普段の丁寧な口調を捨てたそれは、間違いなく祖父と孫の会話であったが……その内容は不穏極まりない。

 いや、それ以前に。


「ダルキンさん、何を……!」

「何とは。私の力が欲しいと仰ったのは貴方でしょう?」

「そ、それは」


 しかし、だからといって襲ってくる必要が何処にあるというのか。

 そんなカナメの考えを読み取りでもしたのか、ダルキンの温和な笑みは凶悪に歪む。


「言葉遊びで君をけしかけるとは、セラトも中々に腹黒い。彼なりに私を思ってくれているのは分かりますがね」

「え、え……!?」

「バトラーナイトを配下に置きたいと望むならば、当然それに相応しい器を示してもらわねば」


 その言葉に、カナメは全てを理解する。

 この流行っていない店の店主というイメージばかり先行していたが、ダルキンの本質は主を持たぬバトラーナイト。

 それを組織の一員として欲しいということは、つまり。ダルキンを自分のバトラーナイトとして欲しいと勧誘したことと同じなのだ。


「え、いや。ええ!? ああくそ! セラトさんに騙された!?」

「くははっ! ではやめますかな? 今なら「やっぱりやめた」をアリにして差し上げますよ!?」

「……! 一応聞きますけど、どうやったら認めてくれるんです!? まさか勝てと!?」

「ああ、それはいいですなあ! ルウネと二人がかりでもよろしい! 私に勝つか「このくらいでやめにしよう」と言わせてごらんなさい!」


 ダルキンが力任せに振り抜いた棒が、ルウネを吹き飛ばす。

 店の壁を破り転がっていくルウネの姿に絶句しながら、カナメは弓を構える。

 すでに隠す必要もなく、カナメの弓は黄金弓であるが……この距離では防ぐ以外に手段を思いつかない。


「……とはいえ、店内でやるのも街中でやるのもよろしくないですな。とりあえず聖都の外に出ましょうか。ついてきなさい」


 そう言い残すと、ダルキンは店の外に出て……そのまま、魔法も使わずに屋根の上へと跳んでいく。


「ええっ……!? 何アレ、魔力一切感じなかったぞ!?」

「お爺ちゃんは鍛錬で戦人の域に至ったと言われる実例、です。あのくらいは……普通、です」

「ルウネ……大丈夫か!?」

「平気です」


 そう言って本当に平気そうに服についた汚れを払うルウネは、剣を何度か振り元気をアピールしてみせる。


「お爺ちゃん相手にはコレでは不安ですけど。まあ、贅沢は言ってられないです」


 そう、ルウネはいつも棒を使っている。

 ラファズ相手でもそのスタイルを崩しておらず、充分に威力も発揮していたように見えたが……。

 そんなカナメの視線に気づいたルウネは、壁に立てかけていた棒に視線を送る。


「アレは世界樹から削り出した特別製、です。お爺ちゃんに斬られたら、流石に泣くです」

「世界樹……」

「さ、それより行くです。あんまり待たせたら、致死罠を仕掛けかねない、です」

「ええっ!?」


 カナメは慌てながら、そしてルウネはいつも通りの表情で。

 跳躍ジャンプで、聖都の外へと向かって跳んでいく。

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