新しい組織の話をしよう

「……組織」


 カナメの言葉を、アリサは繰り返す。

 組織といっても、一体どんなものを作ろうというのか。

 世界を守る組織……というか、国を守る組織は騎士団だ。

 国そのものが組織する王国騎士団や帝国騎士団といった中央騎士団と、各領主が運営する地方騎士団。

 もっと小さい区分でいえば各街や村の運営する自警団もある。

 そういった防衛組織では手の出ない攻撃的な組織としては金で依頼を受け私人の為に働く冒険者をサポートする冒険者ギルドがある。

 騎士団や自警団では手の出ない部分を隙間産業的に冒険者ギルドが請け負っているというのが実情であり、言ってみれば巨大な利権組織と化しているのが冒険者ギルドでもある。

 そこに新たな組織を設立するというのは、あまり現実的ではないようにもアリサには思えた。

 冒険者ギルドを嫌っているアリサですら、そこから完璧に離れる事はできていないのだから。


「この聖国には、冒険者ギルドはないんだろ?」

「そうだけど……新しいギルドを作ろうっていうの?」


 確かに、作れるかもしれない。

 今のカナメが言えば聖国のお偉方も反対はしないだろう。

 しないだろうが……。


「たぶん、冒険者ギルドの連中から嫌がらせが来るよ。傘下に入れって言ってくるかも」

「いや、作りたいのはギルドじゃないんだ」

「ん?」

 

 疑問符を浮かべるアリサに、カナメは遠くを見たまま言葉を紡ぐ。

 そう、作りたいのは「冒険者ギルド」ではない。


「冒険者ギルドっていうのは……依頼を受けて、それを解決する仲介組織だろ?」

「そうだね」

「そうじゃなくて……目的の為に動く組織を作りたいんだ」


 世界の平和を守る。その理想の為に動く、そんな組織。

 金の為に集まる仲間ではなく、世界を守るという願いの為に集う仲間。

 それを助ける組織を作りたいのだとカナメは語る。


「ん……なるほど。確かにそりゃ冒険者ギルドとは大分違うね」

「だろ?」

「でも、理想論だね。収益のない組織は疲弊するだけだよ?」

「あー……まあね。どうやって稼ぐかも色々考えてるんだけどさ。稼ぐことに集中しすぎると、結局冒険者ギルドっぽくなるだろ?」


 言ってみればカナメがやろうとしているものは、正義のヒーロー的な組織だ。

 世界の平和を守る為に日々邁進する、そういうモノ。

 だがそういう組織がどういう収益形態をとっているのか、カナメの中の知識には無い。


「だから出来れば、目的を果たしながら運営資金も稼げるような……」

「それなら、聖国を利用すればいいと思いますが」

「うわっ!?」


 カナメの眼前でひょっこりと顔を出しているのは、ここ数日忙しそうなイリスだ。

 目の下にクマが出来てしまっているが、どさくさで神官長に任命されてしまった結果であるらしい。


「い、イリスさん」

「こんにちは、カナメさん。良い天気ですね」


 腕の力だけでひょいと屋根の上に上ってくると、イリスはアリサとは反対側……つまりカナメの横に座る。

 どうにもアリサのように跳躍ジャンプではなく単純に腕力で上ってきたようだが……。


「なに、普通に上ってきたの? どんな筋肉してんのさ」

「たいしたことはないですよ。魔力による補助が無ければ、精々下級巨人デルム・ゼルトを骨ごと粉砕できる程度です」

「あっそう。実は戦人だったりしない?」

「残念ながら普人です」


 そんな会話を交わすと、イリスはカナメに視線を向ける。


「で、話の続きですけれど。聖国を使えばいいと思いますよ?」

「使う、って。えーと……聖国の組織になればいいってこと、ですか?」

「そうですね。組織図上では各神殿と同じように大神殿の指揮下に入ることになるとは思いますが……世界を守るという大前提を据えておけば、いいように使われることはないと思います」


 大神殿指揮下の武装組織という点では聖騎士団にも似てはいるが、あれはあくまで聖国の騎士団という扱いだ。聖国から離れる事が基本的にない彼等とは違い、どちらかといえば神官騎士にも似た扱いとなるだろう。


「言ってみれば、もう一つ神殿を作るようなものですね。予算も聖国から出ます」

「え……んー。でもそれって……なんていうか、いいんでしょうか」

「誰も文句は言わないと思いますよ。元々聖国は調停者としての役割を自負していますし。各国が受け入れるかは別の話ですが、民間の営利組織でないという事実は冒険者ギルドを跳ね除けるのにも役立つと思います」


 イリスの提案に、カナメは腕を組み考える。

 なるほど、確かにそれであれば資金の問題も影響力の問題も解決する。

 聖国という「領土的野心のない」国の後ろ盾は、新しい組織の信用の助けにもなるだろう。

 

「ただ、まあ。世界を守るには地域を助けるのも重要ということで……今まで各神殿で受けていた依頼をその新組織で受けるという形にして頂けると、私としても案を通しやすいのですが」

「ま、そりゃそうなるよね」


 言い難そうにするイリスに、アリサも頷く。

 聖国には冒険者ギルドはない。それは聖国が設立を認めないからであるが……その代わりとして各神殿が依頼を受け冒険者に仲介していた。

 それは少なからず各神殿の業務を圧迫しているのも事実であり、カナメの組織がそれを受けるというのであれば、色々とスッキリするのも事実なのだ。

 最初のカナメの理想とは少し違う形にはなるが、聖国の組織として明確な目的を掲げている点で、冒険者ギルドとは性格の違う組織となるだろう。


「それは……そうですね。そうしようと思います」

「ええ、ありがとうございます。早速次の会議で通したいと思います」


 微笑むイリスにカナメも頷き……そこでアリサが「あ、そういえば」と口にする。


「その組織の名前って……どうするの? ギルドってわけでもないだろうし。騎士団でもないでしょ?」

「ああ。どっちでもない。元の世界の話になるんだけどさ……丁度いい名前があるんだ」

「へえ、どんなの?」

「世界の平和という「一つの目的」の為に動く集団、だから……」


 クラン、と。

 カナメは新しい組織の名前をそう宣言した。

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