動乱の後に

 聖都全体を巻き込んだ動乱は、その日の内に終結した。

 各国から送り込まれていた……いわゆるメイドナイトやバトラーナイト狙いの可哀想な配下ではない「本物」の工作員達は、そのほとんどが炙り出され捕らえられる結果となった。

 しかし街全体に広がった火事と暴動の傷痕は隠しようもなく……聖都という一大宗教都市、そして聖国という世界中に影響力を持つ調停者の脆さを曝け出す事になってしまった。

 今はそうでもないが、遠からず聖都での騒動は世界中に広がることになるだろう。

 そうなった時に聖国の影響力を削ぎたいと常々考えている連中がどういう行動に出るかは、未だ未知数。

 だがそれと同時に、聖都では今……信じられないような光景が広がっていた。

 信じられない、といっても。誰もがそれを見れば現実と認識せざるをえない。

 およそ百はいると思われる……翼を広げ空を舞う、竜鱗の鎧の騎士達。

 大神殿から放たれた「何か」より生まれた赤い霧から出現したその騎士達は今、聖都の復興を行っている。

 空を行き交う資材と、足場を組むまでもなく復旧作業を進めていくその姿は聖都復興の象徴であるとばかりに絵を描き始める画家もいるし、街中を駆けまわり話を集める吟遊詩人もいる。

 聖都の苦境を見た神々が力を貸したのだという噂も流れてはいるが……いざ「どの神か」という話になると、魔法の神ディオスであると言う者もいれば騎士なのだから戦の神アルハザールであろうと語る者もいるし……空から舞い降りたのだから風の神ガングリーヴァだろうと自信満々に語る者もいる。

 弓の神レクスオールの矢なのではないかと語る者も僅かながら居るが……残念な事に、少数派である。


「何してんの?」


 復興の象徴を得て活気を取り戻してきた聖都を見下ろせる場所……大神殿の屋根の上に居たカナメの近くに、跳躍ジャンプの魔法で跳んできたアリサが降り立つ。

 栄光ある大神殿の屋根に乗るのは神官達もあまり良い顔をしないが……タカロの一件で「弓の神レクスオール」そのものの力を見せつけたカナメに意見する者など居るはずもない。

 精々が「危ないのであまりお勧めできませんが……」と言う程度であり、むしろそういう「突然お偉いさんが来てしまってオロオロする」ような雰囲気に耐えられないカナメが屋根の上に来てしまうのはまあ、仕方のない事といえた。

 

「……今後の事、考えてた」

「あー。予想以上に大事になったしね。ていうか現在進行形で大事だけど」


 空を飛ぶ竜鱗騎士ドラグーンを眺めながら、アリサはそう言ってカナメの隣に腰を下す。


「別にアレ使わなくてもどうにかなったんじゃないの? なんで使ったの?」

「何もしないっていうのも、間違ってるような気がしてさ」

「そっか」


 アレというのは竜鱗の騎士ドラグーンの事であり、それを作り出したカナメの矢……飛竜騎士団の矢ドラグーンナイツアローの事である。

 今街中にいるのは127体だが、カナメがそれを使わずとも聖都の復興はゆっくりではあるが進んでいただろう。


「……タカロの言った事を、考えてたんだ」

「何か参考になることなんてあったっけ」


 実に辛辣な事を言うアリサに苦笑しながらも、カナメは街中に視線を戻す。

 思うに、タカロは間違っていた。しかし、正しかった。

 カナメのやったことは、「タカロの正しさ」を自分の正しさで塗り潰しただけの事だ。


「……世界は人の手で守る」

「ん?」

「タカロがそう言ってたけど……確かに、それは必要だと思う」


 英雄王は、かつて大侵攻を撃退しジパン連合国を作ったという。

 しかし英雄王の死後ジパン連合国はすぐにジパン国家連合に分裂してしまった。

 これは言ってみれば、強い力、あるいはカリスマを持った個人に依存した結果であるともいえるだろう。

 たとえばカナメがレクスオールの力をもって各地のゼルフェクトに関わる問題を潰して回ったとして、それは本当に世界の為になるのだろうか?

 レクスオールという力に依存した世界は、自己防衛力を損ない戦う意志そのものを縮小していく結果になりはしないだろうか?


「なら、タカロがカナメを殺して……その先の何かを実現したほうが良かった?」

「そうは思わない。でも、俺はタカロの「正義」を潰した。だから、その責任があると思うんだ」


 カナメの正義が、タカロの正義を潰した。

 負けた正義は悪だから考慮する必要なし。そんな二元論で生きるならば話は単純だろう。

 だが、それは暴君が暴君に勝利して更なる暴君となったというだけの愚かな話でしかない。

 そんなものは、永久には続かない。

「今だけ良ければいい」という刹那的な快楽に似ており、砂上の楼閣と言い換えてもいいほどだ。


「だから……ずっと考えてた。俺が、この先どうすればいいのか」

「ふーん? どうするの?」


 問いかけるアリサに、カナメはすぐには答えない。

 眼下の聖都を見下ろし……やがて、静かな……しかし、決意を秘めた声で「それ」を口にする。


「組織を、作ろうと思う。世界の平和を守れるような……俺が居なくなった後も、その後も。世界を守り続けられるような……そんな組織を」

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