動乱の終わりのラファズ
聖都の街中を、一人の女が歩いていた。
化粧ではない自然な白い肌と、長い銀の髪。
美しいその顔立ちに、辺りを片づけていた人々が振り返るが……ローブの下にある長い耳を見れば、珍しい魔人かと驚くだろう。
今この時……聖都を覆いつくしていた暴動が嘘であるかのように、その狂騒は去っていた。
それは雨に打たれたからというだけではなく、カナメの降らせた雨そのものに何らかの鎮静効果があったからであろうことは想像に難くない。
実際、女の心もこれ以上ないくらいに凪いでいた。
「……まったく、恐ろしいもんだ。折角私が父さんに有利な未来になるように整えてやったというのに、舞台そのものを潰しやがった」
今回カナメが無限回廊で見た未来の光景の最大のポイントは「燃える聖都」であった。
この未来は、聖都を覆っていた状況からして不可避。何をしても聖都は燃える運命にあった。
つまり変更可能な箇所は「倒れたアリサ」であったのだろうが……ラファズが率先して未来変更に関わる事で、この部分を不確定に変えた。
タカロに関わっていたレクスオール神殿の連中は部下を何人も倒された事で動きを慎重にし、タカロを前面に押し出した。
実際、聖鎧兵も使い方によってはカナメと良い勝負も出来ただろう。
たとえば街中で無差別に人を殺しまわってみたりして誘き出したうえでゲリラ戦を仕掛ければ、何処かに隙が出来た可能性もある。
しかし、タカロはそうしなかった。
タカロは間違っていたが、正義の側であった。
その行動には一定の理があり、歪んではいたが悪ではなかった。
恐らくゼルフェクト神殿の連中には、それは理解できなかっただろう。
……そして。それ故に、カナメとも絶対に理解し合えないと。女は……ラファズは、分かっていた。
何故なら、どちらも根底にあるのは不完全な正義。
何処かが間違っていて、しかし全体としてみれば正しいモノ。
たとえば世界中の誰もが平和を望みながら、幾つもの国に分かれるように。
幸せを謳い誰かを蹴落とすように。
真実の愛を信じて競り合う他の愛を叩き潰すように。
正義を謳い剣を振るうように。
正しさは、自己を証明せんが為に塗り潰し合う定めなのだ。
だからこそ。それこそが、ラファズからカナメへのプレゼント。一つの親孝行。
敵対する正しさを塗り潰す傲慢さを。
目的の為に「正しい者」をも殺す残酷さを。
それを得て達する、境地を。
「……あげたかったんだがなあ。まだ馴染んでないから、近寄ったら察知されるだろうし……口調もまだそれっぽくならんし。父さん一人ならともかく、周りに妙に聡いのが多い。危険は可能な限り避けねばな」
言いながら、ラファズは背負った斧に視線を向ける。
ついでとばかりに貰って来た斧だが、どうにも重くてたまらない。
何処かで売り払って路銀にしてしまったほうがいいだろう。
どうやらこの聖都での騒ぎは一段落したようだし、適当に何処かに紛れ込んで次の機会を待つのが一番いい。
問題は、これから何をするかだが……。
「……リーブフェルテ」
この身体の本来の持ち主だった者の名前を呼ばれ、ラファズは振り返る。
そこにはローブを目深に被った男の姿があり……その背後には、更に二人の同じような者の姿がある。
「タカロは失敗した。我々の聖都での計画も同時に瓦解した。しばらくは身を隠す……来い」
なるほど、とラファズは思う。
ラファズは死んだ。そう思わせたことが効いているのだろう。
ラファズが死んでいるならば、此処にいるのはリーブフェルテ以外にない。
「申し訳ありませんが、私はしばらくこの聖都に残ります……ヴラズヴァルト様。試してみたいことが幾つかありますので」
身体に残るリーブフェルテの記憶を辿り、ラファズはそう答える。
出来るだけリーブフェルテらしく、リーブフェルテしか知るはずのない男の名前を混ぜて。
「……そうか。タカロに繋がる事は避けよ。何をするにせよ、障害になる」
「はい」
男は……ヴラズヴァルトはラファズがリーブフェルテであると疑いもせず、頷いてみせる。
「では、我々はしばらく別の国へと潜る。充分に気をつけよ」
そう言い残して、ヴラズヴァルトは路地裏の奥へと消えていく。
恐らくは逃げ切るだろう。それだけの技量を彼等からは感じられた。
……まあ、ラファズがリーブフェルテとして彼等と会う事はもうないのだが。
「……んー、名前。そう、名前だな。適当に混ぜて……ラズフェル? ラフェルとかにしといたほうがバレにくいか……? そうだ。あとで身長も多少弄っておくか……」
呟きながら、ラファズは街中を歩く。
その視線は、大神殿には向けられていない。
身体が、魔力が……カナメの知っている「ラファズ」とは違うものになるその時までは、我慢。
次の逢瀬を最大限に楽しいものにする為に、今は。今だけは。
「……楽しみだよ、父さん。どういう形にせよ、タカロを退けたんだろうからね。殺したのかな? それとも……ふふふっ」
その姿は、街中に紛れて消えていく。
未だ混乱が続く聖都の中で……ただ一人の女にしか見えないその姿を追う者など、ありはしない。
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