聖都動乱11
「……それ、は」
カナメの手の中にある矢に、エリーゼが驚いたように……あるいは、慄いたように視線を送る。
エリーゼの見たモノが間違っていなければ、この矢はタカロが……人間が変化したものだ。
カナメが周囲のものから矢を作れるのは知っていたが、まさかここまでの魔法であったとは想像もできなかった。
……いや、違う。想像は出来ていた。
何処まで出来るのだろうと。限界は何処にあるのだろうと。
その中に、当然そういう可能性はあった。
しかし優しすぎるカナメの魔法もまた、優しいものであると思い込み無意識に選択肢から外してしまっていた。
「その矢は……タカロ副神官長、なのですか」
「ええ。たぶん出来るだろうとは思っていましたけど……どうやら、本当に出来るみたいです」
手の中の矢を握りしめ、カナメは見つめる。
結局、カナメはタカロを殺せなかった。
何か方法があるんじゃないかと。そんな思考のままに、手を伸ばして。
その結果、最も人から外れた方法でタカロを封じた。
レヴェルを矢にした時から。
気付いてはいた。出来るのではないかと。
ラファズの言っていた事も、今なら分かる。
カナメの魔法の正体が何であるかも……何故弓の形をとっているのかも、今なら理解できる。
「……俺の……レクスオールの魔法の正体は、弓。自分を一本の弓であると規定し、あらゆるものを矢に変え放つ魔法。だから、人も矢に出来る。これを撃てば……たぶん、タカロ副神官長が出てくると思う」
なんと傲慢で、なんと外道な魔法だろう。
人を人とも思わず、あらゆるものの尊厳を無視した……そんな魔法だ。
そんなものが、カナメの「本質」なのだ。
「ふーん。優しい魔法だね」
「え」
だからこそ、カナメは……聞こえたきたその声に、耳を疑う。
優しい魔法。
誰かが、この魔法の事をそう評したのだ。
誰だ。
いや、迷う事も探す事もない。その声は。
「アリサ……この魔法の何処が」
「だって、殺してないし」
「え、でも」
「殺さなきゃ止まりそうにないものを、殺さずに止めた。カナメの魔法自体も、つまりそりゃ……「俺に皆の力を貸してくれ。俺が戦うから」ってことでしょ?」
言われて、カナメはそうだろうかと自問する。
優しい魔法。本当に?
「でも、この魔法は相手を支配して自分の都合いいように変えるんだぞ? そんなものが」
「そんなものが、魔法でしょうが。どの魔法もそこは変わりゃしない。自分の都合のいい形に染まってくださいと世界にエゴを貫き通すのが魔法なんだから」
火の魔法だって、水の魔法だって、土の魔法だってそうだ。
光魔法だろうと闇魔法だろうと、自分の望む形を世界に具現化させる。
制御という名の支配が全ての魔法の基本であり、全てなのだ。
「カナメ。魔法っていうのはね、基本的には自分の力と規定するの。自分こそが剣、自分こそが斧、自分こそが槍、自分こそが盾。「俺は何でも出来る」と思い込む強さが魔法の強さ。自分を弓と規定して力を「他」に求めるっていうのはね、普通はないの」
弓は、矢が無ければ何もできない。
そんなものをイメージするなら、誰もが投げ槍や投石を力のイメージとして置くだろう。
矢をイメージしたとしても、弓はその付属物のようなイメージになるのが普通だ。
「カナメの魔法は、まず最初に弓がある。それこそが自分であると定義している。それはつまり、他への敬意。自分の力となるもの全てへの感謝。つまり、そういうことでしょ?」
「面白い解釈ね。でもまあ、私も同意見よ」
黙っていたレヴェルが、アリサに同意するように笑う。
「貴方の弓は神具ではあるけれど、それ自体はただ壊れないだけの頑丈な弓よ。それは本来、神具として有り得ない特徴なの」
たとえばレヴェルの鎌には、死の神であるレヴェル自身の力が込められている「レヴェルの象徴」だ。
アルハザールの剣も、ディオスの杖も……そこには神の力のイメージがある。
その神具という魔法自体が、神々の力の象徴であったからだ。
「自分を取り巻く全てと共に戦う。ある意味「前のレクスオール」らしいけど、貴方の場合は「自分に力を貸してほしい」ってことなのね。まだ短い付き合いだけど、なんとなく「らしい」と思うわ?」
「それに殺さず捕獲したってんなら収穫だよカナメ。私はアレは殺す以外の方法は思いつかないけど、見事そこに「殺さない」って選択肢を追加したじゃないの」
「腱を斬っても動きそう、でしたから。妥当と思うです」
ルウネまでがそれに同意し、難しい顔をして黙り込んでいたイリスが何かを吹っ切ったように大きな息を吐く。
「……まあ、確かに。かなり驚きましたが、これ以上ないくらいに理想的な捕らえ方ではありますね」
何しろ、暴れもしなければ逃げもしない。
仲間が脱獄させようにもカナメ以外にはどうにも出来ない。
こんな完璧な拘束方法が他にあるだろうか?
「……そう、なのかな」
「もっと自信持ちなよ、カナメ。今回の騒動収めた功労者でしょうが」
「自己批判できるのは才能ですよ。得難いものです」
「もうちょっと自己評価高くてもいい気がするです」
ワイワイとカナメを囲んで騒ぐ中で、エリーゼだけが駆け寄ろうとして足を止め。
手を伸ばそうとして、その手を引っ込める。
その瞳には、羨ましそうな……悔しそうな色が浮かんで。
しかし、すぐにその表情はいつも通りのものに変わる。
「とにかく、気絶した聖騎士達を起こして……首謀者を捕らえた事を奥の方々に伝えないとですわ」
「あ、そ、そうだ! ていうか街もだよ! ダルキンさんとか無事なのか!?」
「お爺ちゃんは。むしろ殺してないか心配、です」
そんな事を話しながら、カナメ達は周囲の聖騎士を揺すって起こして回る。
こうして、聖都全体を巻き込んだ騒動は……様々な謎を残したまま、終焉へと向かっていくのだった。
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