聖都動乱10

 竜鱗騎士達の攻撃は、「切り裂く」だけで終わらない。

 即座にその目無き視線を残った聖鎧兵達に向け、大剣を突き出し鎧を貫く。

 無論、聖鎧兵とてその程度では止まらないが……追い打ちのように竜鱗騎士の大剣が内側から聖鎧兵を砕き斬る。


「ば、かな……!」


 腕を捥がれようと首を取られようと動き続ける聖鎧兵達が、タカロの目の前で似たような何かにアッサリと砕かれていく。

 しかも、しかもだ。

 聖鎧兵とて一体作るのに他の魔法の品同様にそれなりの時間がかかるというのに。

 カナメはあの大量の竜鱗騎士を一瞬で作り出したのだ。

 面倒な手順も、詠唱も、調整も。魔力の安定のための時間も。

 全ての工程が無駄であると嘲るかのように「矢を撃つ」だけでそれを成してしまった。


「ありえん……神話の時代に魔人達が作り出した武器だぞ!? ゼルフェクトに対抗する為に作られたものが……何故こう簡単にも!」

「簡単な話じゃないの」


 タカロの呟きに、レヴェルが嘲るように笑う。


「ソレじゃあ対抗できなかったからよ。貴方、ゼルフェクトをなんだと思ってるの? 全ての神々わたし達が命がけで戦わなきゃ対抗できないような相手が、そんな鉄屑でどうにかなったと思ってるの?」

「……! だとしても、聖鎧兵は人を超えている! 時間さえあれば更に……」

「でも、今負けた」


 カナメの呟きに、タカロは憎々し気な目を向ける。


「当時のレクスオールに遠く及ばないであろう俺がドラゴンの鱗から作った竜鱗騎士ドラグーンに、貴方の聖鎧兵は負けたんだ。「前のレクスオール」に及ばない俺一人に勝てないようじゃ、ゼルフェクトには勝てない。大決壊にも……きっと、対応しきれない」

「ぐっ……」


 実際、タカロの聖鎧兵達は負けた。

 半端な性能の物を出したつもりはない。

 当時使われていたものに限りなく近い性能に仕上げているし、まだ改善の見込みは充分にあった。

 量産体制だって、あと僅かの時間があれば整っていた。

 だが、カナメの竜鱗騎士ドラグーン相手ではどうか。

 竜の鱗などという素材を使った同様のモノに、聖鎧兵が多少強くなったところで対抗できるのか。

 

「……貴方の言ってる事が全部間違いだとは、俺は思わない」

「カナメさん!?」


 突然そんな事を言い出したカナメにイリスはぎょっとするが、伸ばしかけた手で触れる事はなく……そのまま、引っ込める。

 ここで止めることは簡単。しかし、それではいけないと。そう思ったのだ。


「でも、正しいとも思わない」

「お前のやり方が正しいと。それに従えとでも言うつもりか」

「そうも思わない。俺は、自分のやってる事が全部正しいなんて驕るつもりはない」


 そう、そこがカナメがタカロを「間違いではないが正しくない」と評する理由だ。


「貴方は、きっと本当に人間の事を考えてる。人間の味方なんだと思う。でも、その為に人間の敵になってる。見てるものが大きすぎて、手段を間違ってるんだ」

「痛みを伴わない変革など、過去に一度として無かった。その中では私のやり方は真っ当なものだと自負している」


 カナメの説得にそう返すと、タカロは溜息をつく。


「カナメ。お前の言わんとする事は私にも理解できる。こんな強硬手段に頼らずとも、神を排せずともどうにかなる道は確かにあるのだろう」

「なら……!」

「だが」


 カナメの言葉を、タカロは遮る。

 そう、そういう道はあるのかもしれない。

 誰も犠牲にならず、全てが今のまま……穏やかなままに平和を約束された未来。


「それでは、救われん者達もいる。真っ当な手段では生きられん者達がいる。そして、今の世界がそれを許容できるとは私は思わん。ならば、それを許容する枠組みを作らねばなるまい。それこそが、私とお前が噛み合わぬ最大の理由だ」

「なら、それを議論すればよかったじゃないか!」

「出来ん。人は絶対にそれを許容しない。そして彼等もそれを許容しない。私は、自ら汚れる以外の解決策を見出せなかった。それは、どれだけ綺麗事を並べようと絶対に変わらん事だ」


 ゼルフェクト神殿という枠組みの中でしか生きることが出来ず、しかしゼルフェクト復活を望まない者達。

 ゼルフェクト神殿の中の「一部」に過ぎぬそれらは、たとえ利害が一致しようと絶対に価値観は一致しない。

 モンスターは……そういう風に生まれたからだ。利害が合わねば彼等とて、タカロを躊躇いなく殺すかもしれない。

 そういう「信頼の醸成できない相手」を、人は絶対に信用しない。

 利害が一致していればいいという考えを、大多数の人間は良しとしない。

 そして……タカロはそれを、語るつもりもない。

 語れば、必ずそちらに手が及ぶ。

 たとえカナメが善に属する者であれ、その周りがそうであるとは限らないのだから。


「理解されようとは思わん。救いを求めた日々はすでに過ぎた」


 タカロが神官服の内から取り出したのは、一本の瓶。

 人差し指程の大きなのソレに全員の視線が集まる中……タカロはその蓋を弾くように開け飲み干す。


「ならば後は、奔るのみ。戻る事など許されん」


 タカロの中の魔力が、一気に増大する。いや、放出されていた魔力を内側に溜め込んでいるのだ。

 純粋な魔力の体内循環と、それによる全身の強化という名の防御反応。

 それでも消費しきれぬ魔力は、やがて脳をも侵食する。

 カナメの目には、その魔力の流れが見える。

 だから、その薬が何であるかが分かる。

 そう、それは。ただ一つの目的のみを実行する為の武器を作る薬。


「レクスオール……お前を、殺す。この世界の命運を……貴様などには、託してなるものか」

「なんで、そんな……そんなものを使ってまで! 分かり合えなくても、目的が同じなら……!」

「お前が言った事だ、レクスオール」


 未だ僅かな理性を残したタカロの瞳が、カナメを睨む。


「目的の為に手段を間違えはしない。この世界は、人の手で守る。守られねばならぬ。神は……要らぬ!」


 竜鱗騎士達をも吹き飛ばし、タカロはカナメを引き裂くべく跳ぶ。

 ズドン、と。爆発するかのような音を立てて、竜の如き強さを得た腕を振るって。


「……!」


 その腕は、カナメの眼前に展開された輝く壁に遮られる。

 魔力障壁マナガード。神々の防御に遮られながらも、タカロは魔力を込めた拳を一撃、二撃と障壁に連続で叩き込む。

 レクスオールを……カナメを殺す。その一念のみが残ったタカロの拳は、やがて輝く壁をも打ち破って。

 その拳を、カナメの掌が包み込む。


「……矢作成クレスタ堕ちた神官の矢ドゥームレスタトアロー


 バヂン、と。魔力の弾ける音が響く。

 タカロの魔力を弾き、制圧し。カナメの魔力がタカロを征服する。

 呑み込み、変換し、作り替えて。

 

 タカロは、一本の赤錆びた色の矢へと変化した。

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