聖都動乱9

「……計画?」

「そうだ。世界の平和を永遠とする為の計画……貴様が現れなければ静かに完遂していたのだ。それがどうだ! セラトを懐柔し聖都全体を巻き込み、ラファズとかいうゼルフェクトの欠片を呼び起こす始末!」

「勝手な言い分ですわ……! そもそも貴方がカナメ様を偽物呼ばわりして排除しなければ、ここまで拗れなかったんじゃありませんの!?」


 カナメが言い返す前にエリーゼが即座に反論するが、それをタカロは鼻で笑う。


「そうだな。今思えば、その場限りの嘘でも何でも言って懐柔し、内に取り込んで殺すべきだった」

「んなっ……!」

「……何故そこまでカナメさんを殺そうとするのですか」


 先程もタカロはカナメを殺すと……レクスオールの生まれ変わりであろうとも殺すというような主旨の事を言っていた。

 レクスオールも要らぬと。だがそれは、レクスオール神殿の副神官長としてはあまりにも正しくない言葉だ。


「言っただろう。レクスオールは要らぬ。いいや、レクスオールだけではない。これからの世に神は必要ないのだ」


 言いながら、タカロはカナメの横に立つレヴェルにも視線を向ける。


「……そこに居るのはもしや、死の神レヴェルか?」

「ええ、そうね。不敬者と罵る気もないけれど」

「不敬者には違いない。今から貴女も殺すのだから」

「へえ?」


 面白そうに笑うレヴェルを庇うようにカナメは片手を伸ばし、タカロを睨み付け前に進み出る。


「何故、ですか」

「何故? 自分が殺される理由か?」

「貴方はレクスオール神殿の副神官長なんでしょう? それが、どうしてこんな」

「言っただろう。世界の平和の為だ」

「なら、どうして! 俺はこの世界の為に戦おうと!」

「誰が頼んだ」

「え」


 タカロの言葉に、カナメは思わずそんな間の抜けた返事を返す。


「レクスオールにこの世界を救ってほしいと、この世界の人間の誰が頼んだというのだ」

「そ、れは……」


 人間には、頼まれていない。レヴェルに神々の遺志を託されはした。

 カナメも、そうしようと決めた。

 確かに、この世界の人間に頼まれてはいない。

 しかし、それは。


「確かに、レクスオールの存在を……レヴェルの存在を知れば人はそれに縋るだろう。だが、それによって人の定めた全ては崩壊する。神という絶対的な意思決定者の存在が、何もかもを無価値に変えてしまうのだ」

「そんなことは……!」

「そんなことは、あるのだ。私も信仰という雲を払い初めて気付いたが、世界の全てに「神」は関わっている。いや、むしろ我々聖国が関わるように仕向けた。見守ってくださる神に感謝し、その信頼に恥じぬように生きるべきと広げたのだ」


 それこそが、聖国の作った最大の法。

 神に恥じぬように生きよと。正しくあれと定めた法なのだ。

 そしてそれは神々がそう告げたものではなく、聖国の神官達が聖典を作り広めたものなのだ。


「それが間違っているとは今でも思わぬ。だが……分かるだろう? 神の存在は、それを崩す」


 神々が人を見守っているという聖国の教えの前提は、神々が死んでいるという事実によって崩れた。

 それはつまり、聖国の聖典自体が間違っているという証拠に他ならない。

 ならば人々にそうあれと教えている事すらも、神々は鼻で笑うのではないか。

 もしそうなった時。「神の教え」という束縛から逃れた時、人はどうなるのか。


「幸いにも破壊神ゼルフェクトは地の底に封じられ、神々は死んだ。ならばダンジョンを抑えてさえいれば地上を脅かす者は無く、教えを脅かす者はすでに無い」

「だから俺を……俺が誰かを知っているイリスさんを殺そうと?」

「神官騎士イリスについてはもう少し違う理由だが……まあ、概ねでは間違っていない」

「それが、正しいと?」

「そうだ」


 タカロは迷いなくそう宣言し、カナメは黙り込む。

 なるほど、タカロの言う事はある意味では理解できる。

 理解できるが、理解するわけにはいかない。

 だから、カナメは反論するべく口を開く。

 お前は間違っていると。そう否定する為に。


「ダンジョンを抑えればそれでいいなんて、誰が決めたんだ」

「何?」

「ダンジョンに潜ってモンスター退治してたって、下の階からモンスターが上がってくることだってあるんだ」


 そう、それはエルとダンジョンに潜ってきた時の話。

 ドガールを名乗っていたモンスターが現れた時のことだ。

 あのままドガールが外に出てくることはなかったと、誰が言えるというのか。


「今この瞬間にも聖都のダンジョンが決壊しないなんて、誰が言えるんだ!」

「言えるとも。管理しているダンジョンで決壊が起こった例はない」

「それは前例だろ。前例の無い事なんて、いつだって起こるんだ」

「……だとしても、だ」


 タカロが指を鳴らすと、タカロの前に並ぶ聖鎧兵達が一斉に足を踏み鳴らす。


「それに対抗する為の準備は出来ている。この聖鎧兵の数が揃えば、大決壊にすらも対処できるだろう。それ以外の戦力にも当てはある。聖鎧兵とて、時を重ねれば更に強くすることも……!」

「それなら」


 タカロの言葉を遮り、カナメは口を開く。


「その聖鎧兵とかいうのをどうにかしたら、貴方が間違ってるってことでいいのか?」

「……何?」


 弓を大広間の天井へと向けたカナメが、一本の矢を放つ。

 ドラゴンを思わせる飾りのついた、真っ赤な矢。

 それは放たれると同時に解けていき、大広間の天井に赤い霧を広げていく。

 

 ……そして。その赤い霧が収束し、翼持つ竜鱗の騎士達が姿を現す。


「な……あっ!?」


 その数、総勢二十七。

 天井付近から急降下した竜鱗の騎士達は、眼下の聖鎧兵達を大剣で真っ二つに切り裂いた。

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