聖都動乱8
「突然走り出すから何かと思えば……今回のそもそもの元凶じゃありませんの」
イリスの背後から現れたのは、杖を構えたエリーゼ。
表情に余裕が見えるのは、剣を携えたハインツが近くにいるからであろうか。
「新手か……十体で魔法使いの方にかかれ」
「なあっ!?」
その一言で、イリスを埋め尽くす勢いで襲い掛かっていた聖鎧兵のうちのピッタリ十体がエリーゼ目掛けて襲い掛かってくる。
フォローしようにもイリスは残りの聖鎧兵に群がられて手出しできず……しかし、ハインツがエリーゼに近づいた一体の首を問答無用で斬り飛ばし……すぐに「中身がない」事に気付き蹴り飛ばす。
エリーゼも自分に飛び掛かってきた数体目掛けて魔法で吹雪を巻き起こすが、聖鎧兵達は凍って地面に落ちた味方を助ける事もなく、半分凍ろうとも構いもせずにエリーゼへ向かって飛び掛かる。
「きゃ……!」
「お嬢様!」
素早くフォローに入ったハインツがそれを弾き飛ばすが、聖鎧兵はすぐに起き上がってくる。
凍らせた聖鎧兵も、その氷にすこしずつヒビが入り……どうやら中から氷による拘束を壊そうとしているのが分かる。
ハインツの一撃で、聖鎧兵達が人間ではないのはエリーゼにも理解できている。
しかし、だとするとどうすれば良いのか。
人間相手なら火は拙いと氷の魔法を選んだのは正解だった。
恐らく火の魔法では溶かしでもしない限り向かってきただろう。
しかし氷の魔法では完全ではない。
あまり強すぎる魔法では大神殿を壊す恐れすらある。
ならば、どうしたら。
「……ハイン! 首謀者を捕らえ……ひゃっ!?」
振りぬかれた斧槍がエリーゼの頭の上を通過し、その風をも裂くような勢いにエリーゼはぞっとする。
こんなものが当たれば、たとえば刃先でなくともただでは済まない。
先程から群がられながら正面での殴り合いをしているイリスの防御が異常なのであって、身体能力的には一般人のエリーゼは致命傷である。
「そのご命令はお受けできかねます」
故に、エリーゼに攻撃が当たらないようにフォローし続けるハインツがそう答えるのも自然な事だ。
殴り、蹴り。斬った程度では止まらないであろう聖鎧兵をハインツは吹き飛ばし続ける。
手や足を斬れば動かなくなるというのであればそうするが、それで予測できない動きをするようになっても困る。何しろ、相手は中身のない鎧なのだ。
そして群がられ続けるイリスとしても、こういう時に有効な
弾き飛ばす方向を選べない以上、万が一エリーゼに当たれば大惨事。エリーゼを有効範囲に含めようにも、これでは近づく事すら出来ない。
一度撤退させようにもエリーゼはすでに狙われているし、倒そうにも大神殿という場所がイリスに強い魔法を使うことを躊躇させる。
この大広間がただの広間ではない重要な儀式空間と分かった以上、それを壊すかもしれないモノを使うのに心理的抵抗が生じてしまうのだ。
もし、それが許されるとすれば。
「……え?」
エリーゼに群がろうとしていたうちの一体が、巨大な鉄の輪に拘束されながら吹き飛ぶ。
また一体、更に一体。謎の鉄輪に拘束され吹き飛んだ聖鎧兵達はそれを外そうとするが、外れない。
「……!? 引け! 私をガードしろ!」
タカロの命令に従った聖鎧兵達は素早く飛び退くようにして下がり、タカロを守るように展開しなおす。
それと同時に、エリーゼの近くに転がっていた「凍っていた」聖鎧兵が氷を割り……それを、巨大な鎌が撃ち抜く。
まるで畑を耕すかのような勢いで振り降ろされた大鎌は、聖鎧兵に深々と刺さり……たったそれだけの事で、聖鎧兵は動かなくなる。
「大丈夫か?」
「カナメ、様」
「ごめん。ちょっと遅かったな」
「いいえ、いいえ!」
自分を助けた男の姿に、エリーゼは思わず涙ぐむ。
そこに居たのは、弓を構えたカナメ。アリサとレヴェルの姿もあるが、とりあえず視界には入っていない。
カナメが助けてくれた。経緯も状況もすっ飛ばして、その事実こそがエリーゼには重要だ。
「カナメさん……」
「イリスさんも、無事でよかった」
「いえ、それはいいのですが……」
イリスの視線は、聖鎧兵達へと向けられる。
今タカロは自分が今の鉄輪で拘束される事を嫌って聖鎧兵達を自分のガードに回したが、確かカナメは今の鉄輪を作る矢……
おそらく、今ので
なんとかこの場を撤退させて、大神殿に被害の出ない場所で大きめの魔法を炸裂させるのが最良。
そう考え聖鎧兵の向こうのタカロを睨み付けるイリス。だが、タカロとてイリスがそう考えているだろうことはイリスが大きな魔法を使ってこなかったことから予想がついている。
「……カナメか。そもそもお前が聖都に来なければ、こんな性急に計画を進める必要もなかったものを」
元凶を……少なくともタカロの視点から見た元凶であるカナメを睨み、タカロはギリッと奥歯を噛み締めた。
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