聖都動乱6

 恵みの雨、という言葉がある。

 それは神から齎される奇跡を意味する事もあるが、この場合にはまさにそれであっただろう。

 街を包む火を消し、地面に穴を開けんという勢いで降る雨。

 その冷たさと痛みは暴動に酔い始めていた者達の熱を冷まし、雨宿りを出来る場所を探して慌てたように奔走させるには充分過ぎた。

 長くは続かない通り雨にも似た雨であったが、その雨の不思議はそんな所には無い。

 大神殿から昇る青い光。それが天高く弾けた後に雨が降る事は、火が消え雨が止んだ区域の者から見れば明らかであった。

 あの光は一体。そう考えた時に、暴動の中で聞いた「偽のレクスオールの神具」という言葉が蘇る。

 もしかして。いや、まさか。

 そんな自己解決できない疑問に苛まれる者達は、大神殿をぼうっと眺めて。

 その視線の先……大神殿でも一番高い屋根の上で弓を構えていたカナメが、居心地悪そうに身を震わせる。


「……うっ……四方八方から視線を感じる。すっごい刺さる。なんだこれ」

「私はそんなの感じないけどなあ」

「なんか外出てから感覚が妙に鋭くなった感じがあるんだよなあ。やっぱ大広間のアレかなあ」


 言いながらもカナメは、雨の止んだ街を眺め回す。

 まだ燃えている場所は視認できる限りでは無く、暴れている者の姿も無い。

 望遠鏡の類を使っているわけでもないのに、何故かよく見える。


「……目も良くなってるっていうか、異常に見えるような」

「目に魔力集まってるよ、カナメ。なんかの魔法じゃないの? それ」

「え? あ、ほんとだ。なんだろ、無意識にやってた」


 アリサに言われて目に流れていた魔力を消すと、見えていた光景は遠すぎて見えなくなる。

 再度目に意識を集中してみると遠くが見えるようになり、集中を解除すれば見えなくなる。

 まるでスイッチのオンオフのようだが、こんな事はカナメは出来なかったはずだ。


「レクスオール……いえ、「前のレクスオール」の技能ね。魔法と呼ぶ程洗練されてるわけじゃないけれど、よく使ってたわよ」

「あれ? レヴェル、いつの間に?」

「そこの妙な格好の子に頼んだわ」


 言われて振り向けば、そこにはルウネが立っている。

 どうやら視線の一つはルウネであったらしいが……こうして気付いてみると、ルウネのものだとはっきり分かる。

 以前は間近に居ても気付けなかったルウネの事が分かるようになっている。その事実に、カナメは考え込みそうになり……しかし、今はそんな場合ではないと気持ちを切り替えようとして。


「別に気にすることでもないわよ。それも技能の一つだから、強弱は自由自在よ。要練習ってところね」

「あー、そうなんだ……」


 そういえば分かるとか言っていたな、などと思いながらカナメはレヴェルにそう返して。


「って、あれ? 心が読めるって話だったっけ!?」

「なんとなくだってば。それより、火事も消えたわよね。これでめでたし?」

「ん……」


 ひとまずの脅威は消えた。

 街を焼く火事は消え、暴動も豪雨の衝撃で鎮静化した。

 しかし、それも「とりあえず」の話だ。

 時間がたてばどうなるかなど分からない。

 元々、この暴動の原因はカナメを貫いた光の柱が神の裁きだとか、そういう話が元であったはずだ。

 それを打ち消す為にはどうしたらいいのか。

 カナメは矢筒に入れてきた矢に目を向け……幾つかの矢に触れた後、首を横に振り溜息をつく。


「どしたの?」

「いや、光の柱が神の裁きじゃないってことを示す矢はないかな……って思ったんだけど。下手な事すると世界の終わりとか思われそうな気がする……」

「あー」


 そもそもからしてレクスオールの矢は「戦いの始まりを示す」とか伝えられる矢だ。

 そんなものを放てばレクスオール降臨とかそういうものに噂を切り替えられるかもしれないが、別の騒ぎ……具体的には「破壊神復活か」という騒ぎになってしまう。

 そうなれば、今度は暴動どころか恐慌状態になってもおかしくない。


「別に何もしなくていいんじゃないかしら?」

「え? でも……」

「あんな不自然な雨を降らせたんだもの。余程の阿呆でなければ、何かが起こっている事に気付くわよ」

「そりゃそうだ」


 クスクスと笑うレヴェルに、アリサも同意する。カナメは多少心配ながらも「それもそうかな……」と呟いて。突然、弾かれたように大神殿の入口の方角へと視線を向ける。


「カナメ?」

「……なんだ? 何か妙な視線? 違う、なんか変な……気持ち悪い見られ方をされてる、気がする」


 視線のようで、視線ではない何か。

 しかし、確実に「こちらを見ている」と感じる何か。

 それが数えるのも嫌になるほど、たくさん。


「だんだん強くなって……いや、近づいてるのか? くそっ、なんだこれ……!」


 人のものとは違う、不気味な視線。

 人でないならば、まさかモンスターなのか。

 それとも……クラートテルランのような連中が大神殿に近づいているのか。

 カナメは目に意識を集中し、視線の飛んでくる方角を見る。


「あれは……レクスオール神殿の……!?」


 そう、そこに居たのは大神殿の階段を上ってくるレクスオール神殿の副神官長、タカロ。

 そして……その後ろに付き従い歩く、全身鎧の騎士達であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る