聖都動乱5
水場といえば、屋内では炊事場や風呂場を想像するだろう。
カナメが水の系統の矢を作ろうとして探したのもそれで、しかしレヴェルがカナメを連れて行ったのはそこではなかった。
「これって……」
「噴水……?」
カナメ達がレヴェルに連れられて辿り着いたのは、大広間程ではないがそれなりに広い部屋。
中央で勢いよく水を噴き出している噴水と、それによって作られる小規模の泉のようなもの。
それ以外の一切がない部屋であった。
「海神メニアトの間ですか。確かに此処なら備蓄の水を使う事もないですが……」
「は? メニアト? あのナルシストがなんで関係あるのよ」
「ナル……!? いえ、そうではなく。此処は水の力を感じメニアトへの信仰心をより高める場として……」
疑問符を浮かべながらも説明するイリスに、レヴェルは大きく溜息をつく。
「ああそう。そういう風に解釈されてるのは理解したわ。でもね、此処は水場よ。ディオスの奴が作った「永久の泉」とかいう魔力が尽きぬ限り永遠に枯れず汚れぬ泉。アルハザールの馬鹿が水浴びしても一切汚れなかった効果保証付きよ」
まあ、その後カナンに蹴られてたけどね……と語るレヴェルに、イリスは呆然としたようにその顔を見る。
この大神殿の本当の名前もそうだが、伝えられていたものと真実がかなり違っている。
一体何故そんな事になっているのか、レヴェルに聞いてみたい気持ちはある。
しかし、今はそうするべきではないという自制もまたイリスにはあった。
「んじゃ、此処でなら好きなだけ水が手に入るってわけだ」
「そういうこと。水で何か矢を作りたかったんでしょ? やりなさいな」
「あ、ああ」
アリサとレヴェルに急かされるように、カナメは泉に手を入れる。
そうして意識を集中すると、作成可能な矢が次から次へと頭の中に流れ込んでくる。
「違う、それじゃない。もっと……」
カナメは頭の中で、「目的」を思い浮かべる。
火を消したいといっても、一切合切を消したいわけではない。
もっとこう、余計な被害が出ないような。
そう、たとえば雨のような。全てを焼く大火事でも消し去り、それでも人には一切害がないような、そんな。
「無理よ。それは神の力をも超えている」
レヴェルの言葉通り、カナメの望みに完全に該当する矢は出てこない。
「レヴェル……」
「私と貴方は今、魔力でこれ以上ないくらいに太く繋がっている。だから貴方が何をしようとしているかくらい分かるわ。だからこそ言うけれど、「それ」は無理。強い力に打ち勝つには、それ以上に強い力しかない。その前提を崩せるものなんてない。たとえそう見えたとしても……必ず、何処かに無理をさせているのだから」
だが、そうだとしても。それでは意味がない。
たとえば火は消せたが人が水で流されたというのでは、全く意味がないのだ。
街を焼く火をどうにかして人々を助けたいから此処に来たのであって、火が消えればいいというわけではない。
「もう少し気軽に考えなさいな。貴方が望む結果は何? 貴方が起こしたい「現象」という結果を考えなさい。それが全ての魔法の基本よ」
現象。カナメが起こしたい現象。
そう、それは。
「……雨。火を消す雨」
イメージする。雨を降らせる……それに近い何かを起こせる矢。
そのカナメの望みに合致する矢が、カナメの頭の中に浮かぶ。
「
唱えると同時にカナメの手から放たれる魔力が泉の水を絡め取り、一瞬でその全てを飲み干し手の中に青い矢の形を作り出す。
泉の水と、カナメの魔力が混ざり合う。
いや、水という物質を元にカナメの魔力がその特性を目的に合うように変化させ、そして増幅と凝縮を行い続けているのだ。
その全ての過程はほぼ一瞬のうちに終了し、カナメの手元には一本の矢が残る。
同じ過程で一本、更に一本……合計四本の矢が生み出されていく。
「これが……カナメ様の目的の矢、ですの?」
「ああ。たぶん、これでいいはずだ」
その矢を握り、カナメはレヴェルへと振り向く。
「レヴェル! 此処で一番高い場所って何処だ!?」
「何処って。屋根じゃないの? 男どもはよく登ってたわよ」
「よし。じゃあカナメ、行くよ」
「え? わあっ!」
言うが早いか、アリサがカナメの手を引いて走る。
「あ、アリサ! 道知ってたのか!?」
「いや、知らん。でもその辺の窓から出れば屋根は見えるでしょ?」
「あ。そうか
「そゆこと。抱えて跳んだげる」
「ええっ!?」
「この騒ぎでどれだけ魔力使うか分かんないんだから。また倒れられるのは御免だからね?」
そう言われてしまうと、カナメとしては何も言い返せない。
実際、この騒ぎは火を消せば終わりというものではない。
確実に倒せたか分からないラファズのことも考えれば、ここはアリサに頼るのが確かに正しい。
「……分かった。アリサ、頼むよ」
「任せといて」
拳を突き合わせ、カナメとアリサは手近な窓を探して走っていく。
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