聖都動乱4
「街が、燃えている……」
「聖騎士団は……神官騎士達は何をしているのだ!」
「やはり我々も現場指揮に向かった方が良いのではないか!?」
会議の中止された大神殿では、窓から街の光景を見下ろす各神殿の代表者達が心此処にあらずといった様子で声をあげていた。
この大神殿は他の場所よりも高い場所にあり、街の火事が延焼してくるようなことはない。
もっとも延焼対策がされているのは各神殿も同じなので、逃げにくい大神殿ではなく手近な神殿に善良な一般人達は避難しているはずだ。
それにしても街の消火活動や不審者の捕縛は聖騎士や神官騎士達が共同で行っているはずなのだが、すでに街のあちこちから火の手が上がり燃え広がっている。
まるで消しても誰かが再度火をつけているかのような、そんな異常。
「……いや、実際に火をつけているのだろうな」
そう呟くセラトに、他の神官長達の視線が集まる。
「他国の工作員が、我々の想定していた以上に潜り込んでいたのだろう。どうあっても今回の事態を致命的な大騒ぎに仕立て上げたいと見える」
「馬鹿な。そんなことに何の価値がある」
「我々の影響力を下げたところで、結局は自分達の首を絞めることにしかならんではないか」
そもそも聖国とは、その宗教的な地位から世界中に影響力を持つ国家だ。
民間での信仰対象としては上位にあるレクスオール神殿。
武に関わる者や冒険者に人気のアルハザール神殿。
恋愛祈願や結婚の儀式などで需要のあるカナン神殿。
魔法を学ぶ者ならば必ず関わるディオス神殿。
騎士を志す者、あるいは騎士になった者には毎度のように縁のあるヴェラール神殿。
出産の祝いや葬式などの時に必ず世話になるルヴェルレヴェルの神殿。
医院を併設し医の道を志す者が集まる、癒しと薬の神シャゼルの神殿。
他にも神々の世界全ての建築物を造ったという建築の神シュラザートの神殿や、
そして、それは国家という単位であってもそうだ。
各種儀式を統括し、尚且つ政治的に中立を保ち続ける聖国とは仲良くする理由はあっても仲違いする理由はない。
たとえ個人的に口出しするなと思っていても、何かあった時に即座に救いの手を差し伸べてくるのもまた聖国であるからだ。
その聖国と仲違いして各神殿が撤退ということになれば、王ですら国民からの非難は免れない。
その声を力に玉座を狙う者が自分に逆らうかもしれないと思えば、とてもではないが聖国に何かを仕掛けようとは思わないだろう。
ならばむしろ、聖国の宗教的権威を利用して自分の地位を盤石にするのが確実と誰もが思う。
そうやって聖国は調停者や認定者としての地位を確立してきたし、その聖国の権威を誰もが利用してきた。
安定していたソレを崩すことに、何のメリットがあるというのか。
「我々が邪魔な連中がいるのだろうよ。我々が思っていたよりもずっと多く……な」
そういった連中は毎日のように排除している。
しかし、それでも排除しきれてはいなかった。あるいは一般人の顔をして根付いていた者すらいるのかもしれない。
その真実は不明だ。不明だが……つまり調停者としての聖国の地位を内乱や暴動という形で貶め「自国の事もままならぬくせに」と、こういう形に持っていきたい者達がいるのだ。
あるいはもっと直接的に、聖国が対応や事後処理に追われている間に何かをしたいのかもしれない。
勿論、その両方という可能性すらある。何しろ、どれだけの勢力の工作員が紛れ込んでいるかもわからないのだ。
「下手をすると、我々のうちの一人か二人くらいは殺害しようと狙っているかもしれんな」
「ははっ、なるほど。すると危ういのはセラト、あんただね」
カナン神殿の神官長が軽い調子で笑うが、その瞳は真剣に燃える聖都を見つめている。
この燃える聖都に飛び込んで、陣頭指揮をとろうと考えるのは自由だ。
それを責任と考える者は当然いる。
しかし、大体の場合において組織のトップと現場の指揮能力はイコールではない。
この混乱する最中に彼等がそれぞれの神殿に戻る事で護衛に割かれる人数を考えれば、この大神殿という場に集まっていた方が良いのは当然だ。
そして、もう一人。今この大神殿には、動くべきではない人物がもう一人居る。
その人物を探してセラトは視線を彷徨わせ……その姿がない事に気付く。
「む? 彼は……カナメ君は何処だ!?」
カナメの姿がない。
冒険者という職業には似合わぬ心を持つ青年だと思ってはいたが、まさか飛び出していったのだろうかとセラトは焦る。
暴動の理由の一つに「偽のレクスオールの神具」云々という文言がある以上、その本人であるカナメが飛び出すのは悪手だ。
「カナメ様なら、大神殿にいらっしゃいます」
「なに?」
其処に居たのは、エリーゼのバトラーナイトであるハインツ。
「水場に行くと。そう仰っていました」
「水……」
「呑気な事だ。いや、豪胆なのかな」
口々に言う神官達の中で……セラトだけは、真剣な眼差しをハインツへと向けていた。
「彼は、何をする気だ」
「何かをせずにはいられないのでしょう」
「……なるほどな」
それは、驚くほどに人間らしい考え方だ。
少なくとも……この状況を利用して何が出来るかと考えている、セラト自身よりは。
「無茶はするなと伝えてくれ」
「承りました」
言い残し、ハインツはセラトが瞬きをする間にその場から消え去る。
バトラーナイトの中でも特に非凡であったハインツが更にその非凡っぷりに磨きをかけていることに感心と呆れの両方を感じながら……セラトは、再び窓の外へと視線を戻した。
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