聖都動乱3
「……ん?」
自分達目掛けて跳んでくる完全装備の鎧騎士という奇妙奇天烈なものを視認して、ラファズは首を傾げた。
少なくともあんなものを着てあれだけ跳べるという事は、軽量化の魔法だけではないだろう。
なんらかの筋力増加系の魔法か、他の手品を使っている。
だが問題はそこではなく、あの騎士達はどういう立ち位置か。
ラファズを狙ってきたのか、サンヴルグシャを狙ってきたのか……それとも、両方か。
その答えは、ラファズを追うようにして跳ぶサンヴルグシャの表情に描いてある。
チラリと騎士達へ向けた視線をすぐラファズへ戻した、その異常な切り替えの早さ。
隠そうとしているのか、僅かに浮かんだだけの笑み。
その反応からして、あの騎士達はサンヴルグシャの知り合いか何かであることは疑いようもない。
ダンジョンに居た黒装束と比べれば随分派手だが、その騎士達についての情報はラファズの身体となったモノの中には無い。
作り直している間に零れ落ちたか、そもそも無いのかは不明だ。
だが、サンヴルグシャの知り合いとなると……どう甘く見積もってもラファズの味方にはならない。
となると、何処の誰かは知らないが早々に退場して貰うに限る。
「そら、そのご立派な鎧ごと蒸し焼きになれ!」
ラファズの短杖から炎が噴き出し、サンヴルグシャを追い越して迫ってくる鎧騎士を炙る。
中にどんな人間が入っていようと定温の魔法を使っていようと、炎は鎧の隙間から入り込む。
それを耐えられる者など、生きているならば有り得ない。
そして炎の示威効果とは抜群であり、どんな大軍であろうと「最初の一人」が焼かれたことに怯む。
そういう意味では、ラファズはこの杖を牽制用として信用している。
故に今この杖を使ったのも正しい判断である……はずだった。
「む……!?」
だが、鎧騎士は自分を炙る炎にも一切怯まない。
身を焦がす炎をそのままにラファズへと突っ込み、斧槍を振り下ろす。
サンヴルグシャ程ではないものの屋根を砕く一撃をラファズは間一髪で逃れ、バックステップで屋根の端へと逃れる。
屋根を砕いた鎧騎士はそのまましばらく止まっていたかと思うと、ゆらりと緩慢な動きでラファズへと向き直る。
「これは……ちいっ!」
続けて跳んでくる騎士達を見たラファズは手早く杖を仕舞うと弓を向け、その手に矢を作り出す。
「
放つと同時に吹き荒れる暴風は鎧騎士達を吹き飛ばし、何体かを地面へと落下させる。
その隙にラファズは背を向け跳ぶが……その一瞬の間に、地面の光景が見えていた。
転がる鎧騎士。留め具が外れて転がった兜。
「本体」の方に存在しない首。
兜を拾い、付け直す首のない鎧騎士。
それはつまり……人ではない。
「
「聖鎧兵とかいうらしいがな」
「!」
気付けば、ラファズの隣を併走するもう一人の
肌の色を人間っぽい色に塗っているのは他と同じだが、特徴的なのはその銀色の髪と青い目。
赤目の多い
どちらにせよ、この
「私はリーヴフェルテ。覚えなくていい」
言うと同時に、新手の
「
起動の言葉と同時にリーブフェルテの指の間の鉄球が赤色に輝き光る。
相当に強い火の魔力が込められているであろうそれが、リーブフェルテが手を振ると同時に四方八方からラファズに向けて放たれる。
「ちいっ……!」
避けるのは無理。ならば
そう考え障壁を展開するラファズの、その頭上に……咆哮する声。そして、影。
「
そこには、身の丈程の大きさに変わった斧を持つサンヴルグシャの姿。
跳んで逃げようとするラファズを、リーブフェルテが再度放った鉄球が阻害する。
片手ずつの使用、しかも使えば手元に戻りチャージ可能。
威力はそうでもないようだが、この状況では中々に厄介に過ぎる。
足止めされている間の必殺の一撃。
それも恐らく、今のラファズの
防ぎ切ったとしても、間近に迫りくる聖鎧騎士とやらの無数の斧槍がそこに迫る。
つまり、それは。
「
ラファズの放った黒い矢が解け、黒光と化して。
ラファズの
「あ」
死んだと。だが勝ったと。サンヴルグシャはそう確信して、地面の染みとなって。
突き出された無数の斧槍がラファズを裂き、貫き……屋根を突き破り、その下の階へ。更に下の床へ。更にそれをも割って地面に縫い付ける。
そうなる頃には、すでに生き物とも呼べない何かへと成り果てて。体に残った魔力も、やがて霧散し消え去る。
つまり、これで「ラファズ」は確実に殺された。
それを確認した聖鎧兵達は無感情に踵を返して歩み去っていく。
「ラファズを倒す」という命令を果たした以上跳んで魔力の無駄遣いや損耗をする事はなく、主人であるタカロの元へと戻っていく……そういうものであるからだ。
その姿を気味悪そうに見ると、リーブフェルテは眼下の死体を見下ろす。
すでに魔力も消えているそれが「ゼルフェクトの力を持つ者」の末路かと思うと、中々に複雑なものがある。
「
「……!?」
聞こえてきた声に、振り返ろうとしたその瞬間。
リーブフェルテは自分の中に「何か」が入ってくるのを感じ取る。
「折角作った住処を壊しおって。もう少し同化が進んでいれば危ういところであった」
「な……え……!?」
そこにいるのは、ラファズ。殺したはずのラファズが、リーブフェルテの中に腕を突っ込んでいる。
「なんだ、知らなかったのか。私はまあ、
「う……あ……聖鎧兵! ラファズがまだ生きているぞ! 戻ってこい!」
「お、元気だな」
「殺せ、ラファズを殺せえ!」
自分の中にラファズが入ってくるのを感じながら、リーブフェルテは叫んで。
「無駄だ。アレが
「ぐ、あ……あ」
「いい感じに街も燃えてきた。どうやらこの街はあちこちから嫌われているらしいが……一応私主導で進められている。これなら……うむ。あと残る問題は……まあ、どうにかするか」
「貴様、なに……する気」
途切れ途切れの意識の中で問いかけるリーブフェルテの意思の強さに驚きながら、ラファズは哂う。
「ん? 難しい話じゃない。親孝行をちょっと……な。まあ、徹底的に嫌われるのは避けられんが」
そして、「リーブフェルテ」は消えて。新しいラファズが、そこに立っていた。
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