聖都動乱2

 暴動が始まってから、およそ二刻程の時間が経過した。

 この暴動の中にあっては鐘を鳴らす者も居らず、正確な時間は分からないが……正確なものが分からない非日常は、それを加速させようとする者達にとってデマを撒き散らす絶好の土壌となる。

 聖国は調停者を自称するその性質上、敵が多く……王国の貴族や帝国の貴族のみならず、連合にも聖国を嫌う権力者は大勢いる。

 故に、隙あらば聖国に問題を引き起こし影響力を無くそうと常日頃から工作員を送り込んでいる。

 そうした者達による不安定化工作は、今をおいて他にするべき時があるはずもない。

 最初は「大神殿に神の裁きが下った」であったはずが、ダンジョンで決壊が起こっただの超大規模の盗賊団が潜んでいて暴れ始めただの……とにかく溢れる程のデマが聖都に溢れ始めている。

 中には聖都にゼルフェクト神殿の隠れ信徒が居て蜂起しただのという、隣人をも疑わせるデマまでも混ざっている。

 こうしたデマとは不思議で、冷静な声よりも衝撃的でドラマチックな大きい声の方が人は信じやすい。

 結果どうなるかというと……大混乱である。

 今まで統制がしっかりとされていただけに、一度混乱を始めると実に脆い。

 これを防ぐには「デマを消し去る程の影響力のある人物」の登場が必須となるが……運悪く、そのほとんどが大神殿に行っており、大神殿は混乱のまさに中心地。

 これを抑える手立ては無く、まさに扇動者達の思い通りであるかのようにも思えたが……彼等にとっては不運な事に、「聖都でも特に影響力のあるレクスオール神殿の重要人物」が大神殿には行っていなかったのだ。


 さて、レクスオール神殿に参拝する者、あるいはレクスオール神殿に深い縁のある者にとって一番身近な人物が誰であるかといえば、副神官長のタカロがその筆頭となるだろう。

 なにしろ、レクスオール神殿における祭儀の全てを取り仕切っているのは神官長ではなく副神官長のタカロなのだ。

 レクスオール神殿の特殊な方式を理解していない者にはタカロこそが神官長に見えるし、そうでなくともお世話になっているタカロの方を覚えているのは当然のことだ。

 故に。そんなタカロがこの混乱の最中で集団を引き連れて行進していれば、誰もがそれを「タカロがレクスオール神殿の神官騎士を引き連れて来たのだ」と判断する。

 そう、タカロの背後を一糸乱れぬ動きで進むのは五十人ほどの鎧兜を纏う騎士。

 全身を金属鎧で覆い、目元をもバイザーで隠した騎士は何処の誰とも知れないが、纏う緑のマントはレクスオール神殿のもの。

 剣を帯び、斧槍と盾を持ったその姿はこの混乱の中にあっても勇ましく、暴動を起こしていた市民達も……一部の者達以外はその動きを止める。


「おお、タカロ様……」

「レクスオール神殿の神官騎士が……」

「聞け、聖都の者達よ!」

 

 注目が集まる中、タカロは朗々とした声で叫ぶ。


「これより、この混乱の主因を討つ! 巻き込まれぬように、所定の場所への避難を行え!」

「はい、タカロ様!」

「頑張ってください!」

「レクスオール神殿ばんざーい!」


 先程までその暴動の一部であった者までが何を言っているのかという話ではあるが、タカロはわざわざそれを問いはしない。

 そういう踊らされやすい者こそ御しやすく、そういう意味では愛おしい大切にしなければならない存在ではある。


「……ラファズは……あそこか」


 響く爆発が移動してくるのを見て、タカロは小さく舌打ちをする。

 先程からの爆発は、間違いなく爆撃の紋章ボムズ・エンブレム

 景気良く投げているようだが、周囲への被害を考えていないのか……それとも、考える余裕すらないのか。

 爆炎は建物を破壊し、周囲に火を残す。

 残された火は延焼し火事を巻き起こし……その混乱に乗じてか、明らかに関係ない場所からも火の手が上がっている。

 聖騎士も各神殿の神官騎士も、こうなっては消火活動に人を割かれてしまうが……なるほど、このタイミングでお披露目となったのは確かに最適とは言わずとも悪いものではないだろう。


「……行け、聖鎧兵。ラファズを討て」


 その命令に従い、静止していた鎧騎士……いや、聖鎧兵達は一斉に跳ぶ。

 ただの跳躍にしては人間の域を超え、跳躍ジャンプの魔法にしては弱い……そんな跳躍。

 聖鎧兵達は屋根に降り立ち、再び跳んで爆発の続く場所へと向かっていく。

 タカロの場所に残ったのは、同じような格好をした五体の聖鎧兵のみ。

 そして、今の動きで聖鎧兵達がただの人間ではないことを感じ取ったのだろう。

 先程まで広がる暴動に怯えていた女がタカロにおずおずと話しかける。


「あ、あの……タカロ様。あの神官騎士様達は一体……」

「あれは神官騎士ではない。聖鎧兵という」

「聖鎧兵……?」

「そうだ。この聖都を守る為のモノだ」

「おお……!」


 そう聞かされると、人間離れした聖鎧兵達が途端に頼もしいものに見えたのだろう。

 あちこちから感嘆の声が聞こえ……暴動に参加していた者達が、気まずそうに離れていく。

 更に一部、明らかに隠れるように何処かへと消えて行った者は……本物の扇動者だろうが、とりあえずはいいとタカロは判断し放置する。

 あんな場所から見ている程度では、聖鎧兵の真実を自分の雇い主に持ち帰ることも出来はしないだろう。

 

「……神に代わりラファズを……ゼルフェクトを討つ、か。なんという皮肉だ」


 誰にも聞こえないような声で、そう呟いて……タカロと残りの聖鎧兵達は、道を進んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る