タカロの決断
連続で響く爆音は聖都を混乱に陥れ……その喧噪は、レクスオール神殿の奥深くまで届いてきていた。
「サンヴルグシャめ、派手にやっているな」
「派手にやっているな、ではないだろう! なんだ、この騒ぎは! お前達、まさか私を謀る気なのではないだろうな!?」
副神官長室の机をガンと叩くタカロに、壁に寄り掛かった男は肩をすくめてみせる。
「謀ってどうなる。俺達とお前の利益は一致している。だからこそ、サンヴルグシャの奴も必死なのだろうよ」
「ラファズ、か……」
タカロが神聖会議に出ずにこの場にいるのは、そのラファズの件を聞いたが故だ。
破壊神ゼルフェクトの欠片か……あるいは、またその欠片か。
経緯こそ不明ではあるものの、間違いなくゼルフェクトに繋がる何かを持った存在。
そして、それを生み出したという「カナメ」なる男。
これ等の現実は、タカロから「神聖会議で適当な謝罪でも承認でもして時間稼ぎをする」という選択肢を消した。
時間がない。そう強く実感させたのだ。
「倒せるのか、そのラファズとかいう奴を」
「倒さねば、遠からずゼルフェクトは蘇るだろうよ」
神々が倒したゼルフェクトの欠片がダンジョンの始まりである、と言われている。
過去に何度も起こった「決壊」の事例からゼルフェクトが未だ力を失っていないという研究結果は何度も出されていた。
しかし、ダンジョンのモンスター掃討をやってさえいれば問題ないという研究結果も同時に提示されていた。
ダンジョンで「決壊」が起こるのは、そうすることでゼルフェクトが地上に何らかの楔を打ち込もうとしているのだ……という理屈だ。
その真偽はさておき、ダンジョンを放置する理由もなく各国の厳重な管理下にダンジョンは置かれてきた。
しかし、そんなものとは関係なしに「ゼルフェクトの力を持つ者」が生まれてしまったという。
そんなものが地上で暴れたならば、その影響は決壊とは比べ物にならないはずだ。
いや、それだけではない。
その「ゼルフェクトの力を持つ者」を旗印にゼルフェクト神殿の勢いが活性化する危険性すらある。
そうなれば問題は聖都にとどまらず、世界中に波及する。
「……緊急事態ということで、動かせる神官騎士も動かしている。ラファズの事も、こちら寄りの者を通してどうにかするように伝えてはいるが……」
「望み薄、か。計画の修正は免れんな」
計画。
レクスオール神殿内の掌握から始まり、聖都全体へと波及させるはずだった計画。
聖国を神の威光ではなく厳格な法で纏め、ゼルフェクト神殿をも制御することで世界を守る計画。
裏ではゼルフェクトの復活を防ぎ、表では居ない神ではなく「確実にいる邪神」の恐怖を煽り秩序へと繋げる長期計画。
国同士の争いをも永遠に防ぎ、破壊神という抑止力が平穏を繋ぐ。
そう。聖国が全てを制御し、聖国の法が全てを支配し全てを救う……すなわち、聖法計画。
ゼルフェクト神殿の所属でありながら「ゼルフェクトを復活させたくない」という考えを持っている者達との接触により、この計画は開始した。
だが、レクスオールの力を持つカナメと……ゼルフェクトの力を持つラファズによって、その計画は崩壊しつつある。
少しずつ、少しずつ広げていた聖国内での勢力の塗り替えが……ここにきて、進行不能の事態に陥り始めている。
このままでは、計画を強行したところで必ずどこかで破綻する。
「こうなる前に遠ざけておきたかったというのに……セラトめ……!」
カナメの持っている弓が本物であれ偽物であれ、タカロは認めるつもりは一切無かった。
とりあえず聖都から遠ざけておき、偽物であればそのまま放置。本物であればゆっくりと何らかの対処をする予定だった。
それがどうか。
あのカナメという男はセラトの導きで大神殿に到達し、光の柱が降り立った。
そして、街にはゼルフェクトの力を持つ「ラファズ」が現れた。
まるで神話の時代を再現するかの如き、この状況。
神官であれば……レクスオール神殿の神官であれば尚更喜ぶべき状況ではある。
今こそ約束の時と、盾持ち駆け付ける時であろう。
……だが、聖法計画に神は不要。
聖国は神の威光を後ろ盾に持つ国なれば、その法もまた神の威光によって成り立つ。
故に、神がこの世にあらばどうか。
法はその輝きを失い、誰もが神に全てを問うだろう。
すなわち、「概念」と化していた神が現実に法の上に立つ。
そして神を得た人々は、ゼルフェクトの恐怖には屈しないだろう。
神の寵愛を得る為の争いが始まり、世界は荒れる。
そういう時代が、来てしまうのだ。
「いっそ、あのカナメという男を再度ラファズにぶつけるのはどうだ。共倒れでもしてくれれば……遅延はするが、計画の遂行は充分に可能だ」
「いい考えにも思うが、危ういな。ここは聖都だ、レクスオールに味方するモノは幾らでもある。レクスオールが生き残ったが最後、計画は修復不可能な打撃を受けるぞ」
レクスオールが、聖都の危機を救った。
そんな話が出れば千里万里を駆けるだろう。
英雄王の再来、いや神の再来。尾ひれはどんどんつき……そして、聖法計画は瓦解する。
「……ならばどうする。このまま此処で良い報告が落ちてくるのを待って阿呆面を晒すか?」
「いや。「武器庫」を開放すればいい」
「正気か!?」
男の言葉に、タカロは思わず大声をあげる。
武器庫。
その単語がこの二人の間で示すものは、一つしかない。
「アレは聖法計画が成った後にこそ意味をなすものだろう!」
「このままでは計画自体が崩壊する。今出さねば永遠に死蔵するだけの不良資産だ」
「……っ」
苦悩する。
武器庫。
確かにあの中身を使うとすれば、今が一つのタイミングではある。
しかし、早過ぎはしないか。あれを世に出すのは、まだ……まだ、それでも大丈夫と判断してからの方が良いのではないか。
だが……確かに、このままでは。
「……武器庫へ行く。聖鎧兵を出すぞ」
タカロの言葉に……男は、静かに頷いた。
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