聖都動乱
すぐに鎮めてくる。
その聖騎士の言葉は決して気休めではなく、確固たる自信に基づくものであった。
そもそも聖都は聖国の中でも最も治安が良く、それは聖騎士達の不断の努力と厳格な法によって成り立っていた。
暴動を起こせばどうなるかということなど聖国に住む者達が分からないはずもなく、故に暴動をしようと本気で考えているのは外部の工作員の類であり……それを抑えればすぐに鎮静化すると考えていたのだ。
実際、聖都の影響力を弱める為の工作員は聖都の中に少なくない数居て、この騒ぎに乗じて色々とやっているのは間違いではない。
しかし、今回ばかりはそれだけではなかった。
聖騎士達が明らかに「扇動している」者を町中を駆け回り捕らえ追いかけていた、その時。
一人の聖騎士が、それに気付いた。
「……ん?」
「どうした! 不審者か!?」
足を止めた同僚に気付き、もう一人の聖騎士が駆け寄ってくる。
その同僚に、聖騎士は空……いや、屋根の上を見上げて首を傾げる。
「ああ……いや。今、屋根の上を走ってた奴が居た気がするんだが……」
言われて同僚の聖騎士も周囲の屋根を見回すが、それに該当するような者の姿は見当たらない。
しかし、「今見えない」から居ないと判断するのが早計であることも知っていた。
そして屋根の上を走るような奴となると、アホか物好きか……あるいは、裏稼業。
「その手の奴がいたなら、こっちが気付いた事に気付いたら見つけるのは困難だぞ」
「……だな。一応本部に報告に戻るか?」
「それがいい。周囲の奴に一言言っておこう」
頷き合い騎士達は走り去っていくが……それを隠れて聞いていた屋根の上の不審人物とは、黒髪に黒マントの男……ラファズであった。
「……危ないところだった。この騒ぎの中でも意外に目端が利く。しかし、くくっ。面白い騒ぎになっている」
「何がだ」
「ん?」
気付けば、ラファズの近くにはローブの男が一人。
ローブの端から見えているのは肌色だが……それが化粧の類であることはラファズはもう知っている。
そして、その下にあるのが緑色の肌であることも。
「ああ、えーと……そう、サンヴルグシャだったな。何か用か?」
身体の中にある記憶から名前を引き出し、ラファズは人懐っこい……カナメのような笑顔を浮かべる。
その瞳が嘲笑じみた色を浮かべていなければ、本当にカナメそっくりだったろうが……サンヴルグシャと呼ばれた男は、黙ってローブの中から片手斧を取り出す。
「一応聞くが、お前は「ラファズ」の方で間違いないな?」
「だとしたら、どうした。歓迎会でも開いてくれるのか?」
馬鹿にするような調子山盛りで放ったラファズの言葉に、サンヴルグシャは笑みで返す。
「そうだな。送別会なら、今から開いてやる」
「ほう、それは楽しみだ。私の行き先は何処だ?」
「決まっている」
ドン、と。屋根を蹴りサンヴルグシャは跳ぶ。
斧には凶暴な輝きが宿り、ヴィンと振動するような音を立てる。
「地の底だ。永遠に……微睡め!」
「当然断る!」
回避したラファズの鼻先をかすめた斧は、そのまま屋根に叩きつけられ……後方の屋根へ跳んだラファズを残して一気に崩壊させる。
地面に叩きつけたのであれば地割れくらいは起こしていたかもしれないその威力に、ラファズは思わず口笛を吹く。
先程地下に来たアホと比べれば段違いの実力者。どうやら、ただの妄想集団ではないようだ……とラファズは自分の中での評価を少しだけ上方修正する。
「……が、まあ。アホはアホだな。
ラファズの
叫び声を上げながら落ちて行ったサンヴルグシャを指差しながら、ラファズは「やっぱりアホだ」と笑う。
余程接近戦に自信があるのだろう、それは分かる。
一撃ごとに全力で打ち込んでくるのも「分かって」いる。
だが、突っ込んでくるしか能がないのではアホの枠から抜け出ない。
とはいえ「突っ込んでこない」のではさらにアホだ。
瓦礫の中から出てこなくなったサンヴルグシャを見下ろし、ラファズは頷く。
恐らくは、倒したか動けなくなったかと判断して近づいてくるのを待っているのだろう。
近づいてこないならば近づかせればいい、の戦法だ。
「やはり貴様、あのアホと同レベルだ」
言いながら、ラファズは短杖を取り出す。それはダンジョンの中でローブの男がラファズに向けて使った、火を放つ魔法の設計図を組み込んだものだが……ラファズはそれを、眼下へと向ける。
魔力をほんの少し込めるだけで短杖は炎を噴き出し、瓦礫の山に火をつける。
それと同時にサンヴルグシャは瓦礫を弾き飛ばし跳んでくるが……それをラファズは、再び炎で迎撃する。
「ぐうううう!? おのれ、それはヨウルウシュイの奴の短杖!?」
「ああ、そういえばそんな名前だったらしいな」
言いながら、ラファズは再び炎を放ち……それを、サンヴルグシャの放った
ぶつかり合った二つの火魔法は火の粉を散らし、燃える瓦礫は煙と炎を噴き上げる。
「だがまあ、どうでもいいことだろう。貴様等の計画の崩壊は決定した。全て私が乗っ取ってやるから、さっさと死ぬがいい」
「……ほざけ!」
叫び、サンヴルグシャは懐から円盤状の何かを取り出し投げる。そしてこの戦いが……聖都を舞台とした動乱の、本当の始まりの合図だったのだ。
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