神聖会議
カナメの参加宣言から少しの時間がたった後。大神殿の「神聖会議の間」と名付けられた部屋には各神殿の神官長、そして副神官長達が集まっていた。
例外として、今街の外に出ている者や「どうしても来れない者」はこの場にはおらず……レクスオール神殿からも副神官長であるタカロのみの参加となっていた。
聖国にとって重要な事項を話し合うこの会議の今日の議題は、「レクスオールの弓」と思われる弓を持つ冒険者、カナメについて。
故に、この場に見知らぬ顔の男が一人いるのはいい。
「ああ、あれが噂の男か」で済む話だし、ヴェラール神殿が味方についたという話を面白く思っている者も居たのだ。
……だが、聖国を代表する面々の顔は、いずれも驚愕と不安の色に満ちていた。
それはカナメではなく、その背後に立つメイドナイトでもなく。その隣に座る少女に対しての感情が透けたものだ。
死の神レヴェル。生と死の双子神ルヴェルレヴェルの片割れであり妹神。
死の間際に現れ、その鎌で肉体と魂を切り離すとされる女神。
人が死に近づいた時、その前に現れると伝えられる神。
大体の場合において凶兆とされるのがレヴェルであり、ルヴェルレヴェル神殿の神官長と副神官長ですら「会えるなら兄神のルヴェルがいい」と本音を漏らすような存在だ。
本物でなくとも大神殿の像にそっくりの少女が其処にいるとなれば落ち着かないし、先程の騒ぎについてはすでに耳に入っている。
つまり、目の前にいるのが正しくレヴェルであることも当然知っており……それ故に、更に落ち着かない。
「あ、あー……ごほん。ともかく、会議を始めようではないか」
この中では一番がっしりとした体を持つ大柄な男……アルハザール神殿の神官長がそう声をあげる。
やはりその視線はレヴェルに向いてはいるが、これはもう仕方のない事だろう。
死を恐れない人間などいるはずもなく、「悪い事をするとレヴェルが来るよ」と脅されずに育った子供もいない。
「といっても……今更話し合うような事があるのかねえ。そこのレヴェルによってレクスオールの証明はなされたと聞いているけども。それに……」
言いながら空席となっている椅子へと視線を向けるのは、愛の神カナンの神殿の神官長。
齢八十になる高齢ではあるが、未だに瑞々しい肌を保っている不可思議な人物でもある。
そんな人物ですら、レヴェルに気後れしているのは隠せていないが……他と比べれば大分マシであるだろうか。
ともかく、カナン神殿の神官長の視線につられて全員の視線が空いた席に向けられる。
「肝心のレクスオール神殿から出席者が居ない。タカロの坊やは何処行ったんだい?」
「確かに。今回の主役の一人が居ないというのはどうにもな」
「だが、今更居ようと居まいと結論は変わらぬのでは?」
各神殿の代表者達から、そんな声が出てくるのも当然だ。
結論はすでに決まったようなもので、だとすればそれを結論として各神殿に布告するだけだ。
特に今回の場合はレクスオールの神具を持った者の登場という事で、聖国がどう動くかを今後決めていかなければならない。
言ってみれば、この件はすでにレクスオール神殿の裁量でどうにか出来る範囲をとうに超えている。
「そうだな。むしろ、この後どうするかを話し合うべきでは?」
そう、レクスオールの弓を持つ者が本物というのであれば、それをどの程度まで広く知らしめるかという話が出てくる。
レヴェルは恐れられているのでひとまず置いておくが、レクスオールはどの国でも地域でも満遍なく人気がある。
弓の神という事で狩猟の神として崇められてもいるし、災いを祓う神としてレクスオールの弓……ということにされているお守りの弓を飾る者も結構いる。
レクスオールの弓を持つ者が現れたと聖国が発表するだけでも、どれだけ自分の元に引き込みたい者が出てくるか未知数だ。
レヴェルが横についている状態で誘拐のような強硬手段に出てくる命知らずがいるとも思えないが、金と色の飛び交うような状況になるのは避けられない。
そうなると、自然と聖国の治安も低下してしまうが……だからといって「何もできません」と言うのは聖国の存在意義にも関わる問題だ。
かの英雄王は早々に自分の国を作ろうと暴れまわっていたから聖国には何の影響もなく……いや、あの当時はあの当時で聖国には頭の痛い状況であったのだが。今回の場合は、「レクスオールの弓を持つ男」であるカナメが如何にも優しげである事が聖国の指導者達の頭を悩ませていた。
放っておいてもどうにかなりそうな者なら、そういう選択肢もあったのだが……どう見ても、情に弱そうだ。そして、それに付け込む連中が多いのは彼等自身、よく知っている。
「うーむ……」
「とにかく、まずは各神殿内での周知に留めるべきでは」
「いや、どうせ各国に知れる事だ。ならば最初の時点で……」
カナメ本人を置き去りに進んでいく議論にレヴェルがつまらなそうな顔をし、セラトが口を出そうとしたその時。
ノックもないままに部屋の扉が乱暴に開け放たれて、一人の聖騎士が飛び込んでくる。
「何事だ!?」
「ほ、報告です!」
息を切らせた聖騎士は、それでも必死で顔をあげて叫ぶ。
「ぼ、暴動です! 先程の光の柱を「神の裁きだ」と叫ぶ一部の者達が扇動を……! すぐに鎮めて参りますので、どうか此処からお出にならないよう!」
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