その頃、ダンジョンでは

 大神殿や聖都が大騒ぎになっていても、ダンジョンの中だけはいつも通りだ。

 此処は聖都ダンジョンの三階層。

 初心者向けと言われる二階層までとは異なり、三階層からは難易度が急上昇する。

 光が消え再び探索者を阻む暗闇が現れる三階層は歩む速度を遅くし、周囲への過剰なほどの警戒心を呼ぶ。

 そして、それは精神の疲労を招く。この階層には、そうした者達を襲う魔力体ゴーストを中心とした魔法か魔力の籠った武器でなければダメージを与えにくいモンスターが多く出現する。

 しっかり対策しなければ此処で死ぬ事も多く、それでいて魔力体ゴースト相手は余程運のいい者でなければ実入りも少ない。

 上手くいけば魔力の籠った宝石……いわゆる魔石の類が手に入る事もあるが、大体の者はこの階層を出来るだけ早く通り過ぎようとする。

 そんな三階層の通路で壁に背を預け、気楽な調子で座り込んでいる男の姿があった。

 黒髪黒目、厚手の冒険者服と黒いマント。

 武器らしい武器は壁に立てかけた奇妙な形をした黒い弓程度のもの。

 しかし矢は持っておらず、一見すれば矢の尽きた弓士。こんなところでぼけっとしていいような状況ではない。

 しかし男はそんなものは些細だと言わんばかりにぼうっと天井を見上げ、何かを口の中で転がしている。

 

「ふむ……やはり浅層で手に入る程度のでは、たいして美味くもないな」


 言いながら、男は口の中に含んでいたものをペッと吐き出して。

 吐き出されたそれはキラキラと輝きながら、床に散乱していたものの一つに当たってカツンという音を鳴らす。

 

「さて、ひとまず回復はしてきたが……どうするか。此処にいると外の様子も分からんしな」


 男の名は、ラファズ。

 カナメとの戦いのどさくさで三階層まで逃げ切ったが、相当の消耗を強いられてしまった。

 それも当然で、ラファズを構成していたものはカナメの魔力とダンジョンから吸い取った魔力だ。

 その魔力を戦闘に使用すれば、最終的には消滅の危険性すらある。

 この辺りは魔力で身体を疑似的に構成する魔力体ゴースト系の存在の弱点だ。


「回復しないまま父さんに絡んでも、下手すると今度は本気で死ぬしな。やはり強い……」


 肉体の存在しない魔力体ゴーストは、自力での魔力生成が不可能だ。

 それ故に魔力の残っている骨に憑りついて骨人形スケルトンになったりするのだが……ラファズも魔力体ゴーストに似た存在である以上、「自力で魔力生成できない」という弱点からは逃れられない。

 とはいえ、骨に憑りつくのなど御免だ。なにしろ、素だと動きも鈍いし力も弱い。

 骨人形スケルトンを強者足らしめるのは、憑りついた魔力体ゴーストの魔力による強化なのだ。本末転倒にも程がある。

 なにより、街にも出れやしない。

 となると、食べられるだけの魔力を食べて外に出るのが一番利口だろう。

 そう結論した時……突然、光がラファズのいる場所を照らす。

 どうやら魔法の光であるらしい球状のソレはフワフワとラファズの頭上を浮かび、ラファズと周囲に転がった魔石……いや、今となっては魔力を失いただの色付き透明石となったそれらを照らし出す。


「……随分と狩られたようで」

「何か文句でも?」


 ローブを目深に被った男……恐らくは男だろう何者かの視線に、ラファズは舌打ち混じりの反応を返す。

 この状況でラファズに声をかけてくるのは、どう考えても「普通」ではない。

 ラファズの中にある現代知識は取り込んだ魔力の中に混ざっていたものくらいだ。

 具体的にはほとんどがカナメのものだが、その中に男の正体について予測できる情報も幸いな事に混ざっては居た。


「ゼルフェクト神殿の連中が、何の用だ。言っておくが、私は貴様等に用など無いぞ」

「……! よくお判りで。まだ名乗ってもいないはずなのですが」

「フン、貴様等こそよく私の事を見つけられたものだ。やはり混ざっているか」

「お察しの通りです。我等ゼルフェクト神殿は、この聖都を名乗る街にも深く根を張っております」

「嘘をつくな、秘密組織の分際で。そんなに深く根を張れていたら、今頃聖都はグチャグチャになっている」 


 どうでも良さそうに言うラファズに男はひくりと口を動かすと、慌てたように笑顔を作り直す。


「と、とにかく。お迎えに参りましたラファズ様」

「迎えに来てどうする。「私」を復活させるつもりだったら、このまま奥深く潜るが常道。私を強化するつもりだったら、このままダンジョンの魔力を食わせるのが最速。連れ出して何がある」


 心を見透かそうとするかのように見つめるラファズに、男は努めて笑顔を形作る。


「貴方は我等が神「そのもの」であらせられます。この場にいらして何かあれば、それは我等全体の損失……」

「奥に五人。それなりに高レベルの魔力の籠った武器。魔法の品も幾つか持っているな?」


 話の流れを完全に無視したラファズの言葉に、男はビクリと反応する。

 完全に隠していたはず。なのに、見えたとでも言うのだろうか。

 そんな焦りが、男の顔に一筋の汗を流させる。


「なるほど。そういうことか……完全に見えたぞ、今回の「未来」の仕組みがな」


 ラファズはそう呟くと、弓を握りゆらりと立ち上がる。


「やはり、あの未来は不可避であったのだ。ならばその上で私がどう動くか。父さんをどう動かすか。それが分岐となろう」

「な、にを……」

「怯えたフリか。足が前に出ているぞ」


 黒弓を、ラファズが構える。

 マントの内側に手を入れた男が、短杖を取り出す。

 それと同時に、男の背後の暗がりから複数の影が飛び出してくる。


「死ね……ラファズ!」

「ハハハッ! 利口だ、実に利口だ! 貴様等は実によく分かっている!」


 ラファズの哄笑を打ち消すように……男の手にした短杖から、津波の如き炎が噴き出した。

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