大神殿2

 久しぶり、とレヴェルは言う。

 しかし、確かレヴェルが消えたのは……「久しぶり」と表現する程前ではなかったはずだ。

 一体どういうことなのか分からずに、カナメは何と言うべきかを迷いレヴェルを見上げる。

 そんなカナメの様子に、レヴェルは顎に手をあてて首を傾げてみせる。


「なにがなんだか分からないって顔ね。でも、私が誰かは分かるのよね?」

「え、あ、ああ」

「それはそこにある石像とかじゃなくて、私本人の姿が記憶にあるって認識でいいのかしら」

「……ああ」


 話しながら、カナメは違和感に気付く。

 消えてしまったとはいえ、カナメはレヴェルと会話している。

 当然レヴェルもカナメの顔を覚えていたはずだし、レヴェルとカナメが会ったことをレヴェル自身も覚えているはずだ。

 なのに、このレヴェルはカナメと初めて会ったかのように振る舞っている。

 それは、つまり……。


「君は、俺が会ったレヴェルとは違うんだな」

「ん? んんー……ああ、そういうこと。反響エコーと会ったのね。アレも私ではあるけど、私じゃないわ。まあ、私自身「本物のレヴェル」かと問われると違うと答えるしかないのだけれども」

「え……」

「だってそうでしょう? 今がいつか分からないけど、きっと私は死んでるわ。それを覚悟して此処を皆で建造したんじゃない」


 じゃない、と言われてもカナメには分からない。

 カナメはヴィルデラルトの言葉を信じるならレクスオールの生まれ変わりなのかもしれないが、レクスオール本人ではない。

 カナメとして生きてきた記憶はあっても、レクスオールとしての記憶など無いのだ。


「えっと……俺はその辺りの話、全然分からないんだけど……」

「ふむ。じゃあ、何なら覚えてるの?」

「え、っと……弓を出せる事と矢作成クレスタの魔法を使えることくらい、なら」


 それも覚えているかというとまた違う気もする。なんとなく「分かっていた」だけであって、どういう理屈で使えるかとかはサッパリ分からないのだから。

 ちなみに、カナメの元から黄金弓は消えてしまっている。

 恐らくは先程のドサクサで消えてしまったのだろうが……相変わらずよく分からない弓だとカナメは思う。

 そして、カナメの表情でなんとなく理解したのだろう……レヴェルは「はあ……」と溜息をつく。


「ディオスの懸念が大当たりってとこね。まあ、いいわ。その為にこんな仕組みがあるんだもの」

「仕組み……そういえば、これって」

「説明してあげる。ほら」


 差し出されたレヴェルの手を取ると、カナメの手には確かな温かさが……伝わっては、こない。

 温かいわけでもなく、冷たいわけでもない。

 そんななんとも微妙な感触に、カナメは疑問符を浮かべつつも立ち上がって。


「え、あれ? 立てる?」

「死ななくてよかったわね。試してもいないモノだったから心配だったけど、一応アレでも魔法の神ってことかしら」

「死なな……えっ!?」

「覚えてないでしょうけどディオスが設計したのよ? 此処。再臨の宮……とかアイツは言ってたけど」

「再臨の……大神殿じゃなくて?」

「大神殿? 何それ」


 カナメとレヴェルは互いに疑問符を浮かべ、周囲を見回す。

 すると駆け寄ろうにも今のタイミングで行っていいものか分からず立ち止まってしまっているアリサ達……とは明らかに違う反応を大神殿の神官達が見せる。

 怯えているようなその表情は、カナメ……ではなくレヴェルに向けてのようだが、周囲を見回していたレヴェルはこれみよがしな溜息をつく。


「普人に何か吹き込まれたの? 頼るなら魔人か戦人のほうがいいわよ?」

「え? えーっと……」


 確か魔人だとか戦人とかいう単語はルウネに聞いた覚えがあるな、とカナメは思い出す。

 でも、確かそれは。


「神話の時代にほとんど絶えた……って聞いた、けど」


 おそるおそる、といった様子で話すカナメに、レヴェルは目を見開き……やがて、悲しそうに首を振る。


「……そう。悲しいものね。残るべき者程、先に消えて行ってしまう」


 レヴェルのそんな言葉に、カナメはどう答えていいものか分からない。

 レクスオールの記憶の無いカナメには、どうやっても共感の出来ない部分であるからだ。

 黙り込んでしまったレヴェルと、やはり黙っているカナメ。

 自然と静寂が場を包み……一人の神官が、ビクビクと怯えながらも一歩足を踏み出す。


「あ、あの……」

「邪魔しないでちょうだい。嫌いとまでは言わないけど、私は普人はあまり好きではないの。ブライアンやリリアみたいな子なら別だけど」

「え、は、いえ。申し訳ございません……」

「聞き分けがいいのは嫌いじゃないわ」


 ツンとそっぽを向くレヴェルの瞳は、冷たい。

 先程カナメに向けていたのとは全然違う……「嫌いとまでは言わない」という言葉とは程遠い「毛嫌いする」瞳であった。


「え、えーと……レヴェル?」


 カナメが遠慮気味に声をかけると、レヴェルはその顔をパッと笑顔に変える。


「ああ、ごめんなさい。説明してあげるって言ったのに、何も説明してなかったわね?」

「え、あ、ああ。それと、その。なんでそんな普人が嫌いなんだ? それに、俺も身体は普人だと思うし……」


 そんなに嫌わないでもいいんじゃないか、と言おうとしたカナメがそう言う前に、レヴェルは口元を抑えてプッと吹き出す。


「ふ、ふふふ! あはは! 普人!? 貴方が!? やだもう、生まれ変わったら冗談のセンスが良くなったの!? はは、あは! もう、おっかしい!」

「え? え?」

「どう見たって貴方の身体は魔人よ、レクスオール。ひょっとして、そこら辺の知識も全滅? まあいいわ、早速説明を始めましょうか?」

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