神聖会議に向けて

 セラトの言葉に、カナメは黙り込む。

 解釈が違う。

 事件を事故だと思い込むかのように表面上しか見えていない解釈が、間違いを招く。

 ラファズが言っていたのはそういうことなのか。それとも。


「……あるいは、その全て……か」

「無論、そういう可能性もある。で、無限回廊にでも行ったのか?」

「えっ」


 ギクリとするカナメに、セラトは溜息をつく。

 あまりにも分かりやすすぎる。それがセラトの正直な感想だった。


「もう少し隠す努力を……いや、それが君の利点かもしれんな。まあいい。無限回廊で何を見た?」


 問うセラトにカナメは考え……セラトには話そうと思い至る。

 ここまで助けてくれているのはセラトであり、恐らく仲間以外で信用できる相手がいるとすれば、それはやはりセラトだろう。

 セラトが信用できないのであればもう、この聖都では。


「……燃える聖都を、見ました」


 ガタリと。セラトが椅子から立ち上がる。

 その顔には汗が流れており、セラトにとっても驚愕であったことが伺える。


「燃える……原因はなんだ。ダンジョンは現在正常だ。決壊ではあるまい。ならば内乱……いや、やめよう。その光景で、他には何を見た?」

 

 聞かれ、カナメは無限回廊で見たモノを語る。

 燃える聖都。

 恐らくは光獄の矢ラファズアローと思われる矢の事。

 そして、アリサのこと。ラファズのこと。


「アリサが……?」

「……そりゃ参った。まだ死ぬ気はないけどなあ」


 信じられないような顔をするエリーゼにアリサがそう言っておどけるが、セラトはカナメの話を聞き終わるとゆっくりと椅子に座りなおす。


「……それで何かを間違えたか、と思ったということか?」

「いえ。その、ラファズ自身が「考えろ」と……」

「ふむ」


 カナメの言葉に、セラトは天井を見上げ……やがて、静かにカナメに向き直る。


「単なる攪乱という可能性は、当然考えたな?」

「え、あ、はい」

「よろしい。ならば、その上で言おう。私には判断できん。だが対策はしよう」


 流石に聖都全ての規模となると、セラトがヴェラール神殿の神官騎士を総動員しても手が足りない。

 外部の何らかの理由で見つかっていないダンジョンの影響など、モンスターの襲撃の可能性も考えなければならないし内乱の可能性も当然ある。

 レクスオール神殿には見張りをつけてはいるが、もしレクスオール神殿の神官騎士の中で相当数の「副神官長派」がいれば聖都が火に包まれる可能性は充分にある。

 そうした可能性をあげていけばキリがないが……幸いにも、時期がいい。


「伝言は聞いただろうが、神聖会議の開催が決定した。これは聖国にとって重要な儀式だが……これを理由に聖都の内外の警備を大幅に強化する。そうすれば多少はマシになるはずだ」

「は、はい。そう、ですね」

「……君の懸念も充分に理解できる」


 そう言うと、セラトはアリサに視線を向ける。


「聖都が燃えるような事態だ。仲間の事は当然心配だろうが……特に「死」の可能性のある者については気が気ではないのだろう?」

「……はい」

「どちらかというと、君にとってはそちらの方が大切なはずだ。この街は今の所、君にとっては優しくなかろう」


 セラトの言葉にカナメは少し視線を逸らすが、まあその通りではある。

 偽物を持った偽者扱いされる危険性を常に考えながら動かなければいけないし、早々にイリスの暗殺騒ぎまであった。

 アリサやエリーゼ、イリス……ルウネやエルという新しい出会いもあったが、仲間が居なければカナメは今のように余裕があったかどうか分からない。

 だが、自分を助けてくれている……恐らくはこの聖都を愛しているはずのセラトの前でそれを言うのは憚られて、カナメは「そんなことはないです」と言って笑う。

 セラトはそんなカナメを静かに見ていたが……何も言わずに頷く。


「ここが転機だ。護衛がいたから……かは分からんが余計な邪魔も入らず、予想よりもずっと早く神聖会議の準備が整った。そこの神官騎士が根回しを頑張ったおかげでな」

「えっ」


 セラトの視線の先を追うと、そこではイリスが優しげに微笑んでいる。

 そういえば、イリスが襲われたのも他の神殿に行っている最中であったし……別行動している最中は、ずっとイリスはそれをやっていたのだろう。それがしっかりと成果を出していたという証なのだ。


「ありがとうございます、イリスさん」

「いいえ。私は私がやるべきことをやっていただけです。そして、私の訪ねた神殿の方々が正しい御心をお持ちだったというだけの話でしょう」

「だとしても、早すぎませんか? 私、聖国の神聖会議はもっと盛大に開催を宣言し行われるものだと聞いておりましたが」


 そう、聖国の神聖会議とは一種のイベントだ。

 各神殿の代表者が中央の大神殿に集まり大きな議題を扱う神聖会議は何が話されているかはさておいて盛大なパレードが付き物であり、見物客やそれを見込んだ屋台でごった返す事でも知られている。

 各国からの使者もこの日を目当てに要望を通すべく集まり、世界中の王侯貴族が集まって夕食会が開かれたりもする。

 三日続くと言われるそれはもはや会議そっちのけのお祭りであり、まあ言ってみれば聖国の各神殿の絆を内外に示すイベント呼ばわりされてもいる。


「それはたいした事を話さん時のものだな。本当に重要な議題は迅速かつ秘密裏に行っている」


 人が増えれば間諜も増える。

 そんな時期に大事な事を話すはずもない。

 当然だろう? と。そう言うセラトにエリーゼは「そ、そうなんですのね……」と言うしかなかった。

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