残された謎2

「貴方……何を!」


 エリオットの行動に真っ先に文句をつけたのはエリーゼだ。

 対抗して杖を突きつける……まではしないものの、抗議を声として発するという極めて真っ当な手段を行うのは正しく、その言葉にハッとした神官騎士達がエリオットの背後から触れないようにしながらも囲む。


「その子の言う通りです、エリオット殿。護衛対象に剣を向けるとは何事ですか」

「まずは剣を引いてください。彼はあの怪物のような男と戦ったばかりなのですよ!?」


 怪物のような男。

 ラファズがその通りであることは否定しないが、彼が使っていた技はカナメも使えるもの。

 ならば怪物かそうでないかは、どこで分かれるのか?

 敵か、味方か。

 それとも単純に心情的なものか。

 どちらにせよ、自分自身も怪物だと言われているような気がしてカナメはぎゅっと拳を握る。


「……護衛であることは確かにその通りだ。だがそれ以前に俺は聖騎士だ。あの化け物はこの男の事を父と呼んだ。ゼルフェクトと関係があるような事すら自白した化け物が、だ。その一点のみで剣を向けるに充分な理由と思うが?」

「それを言うならば、あのラファズを名乗る男はカナメさんに敵対し、またカナメさんのことをレクスオールとも呼びました。聖騎士団の基準ではレクスオールに剣を向けてもいいことになっているのですか?」

「向けるな、とは定義されていない」


 イリスの言葉にエリオットは即座にそう返す。

 一切の迷いのないその様子に、いっそこの場でどうにかすべきかとルウネが動きかけるが……アリサの一言が、そのルウネの動きを止める。


「なるほど。つまり敵の一言であっさり任務を投げ捨てて敵に回る、と。聖騎士ってのは冒険者以上に自由な商売らしいね?」

「……む」

「いやあ、すごいすごい。神だなんだのっていう伝説そのものな話を、あんな怪しい男一人の言葉で信じて護衛対象に剣を向けちゃうなんて。ひょっとして誰かに何か言われたら聖都にも剣向けちゃうタイプ?」


 煽るアリサにエリオットは何かを言いたげに口を開き……しかし、ぐっと飲み込んで。

 やがて、すっと剣を引く。


「……確かに、今の時点で剣を向けたのは適切では無かったかもしれん。だがそれでも、説明はしてもらうぞ」

「その前に謝れバァカ」

「何もかもが誤解であったら謝罪しよう」


 言いながらも、エリオットは剣を収める事はしない。

 それはカナメに対する不信の表れなのだろうか。

 自分の代わり……かどうかは分からないが怒ってくれたアリサ達にカナメは少し冷静になる。

 とはいえ、何を話していいものか。

 そもそもラファズについては自分も分からないことだらけなのだ。


「え……っと」

「あー、待った。ちょっと待った!」


 と、そこでカナメとエリオットの間にエルがすっと割り込む。

 敵意がないというアピールか大剣は背負いなおしているが、それでもエリオットは邪魔されたことにムッとした顔を浮かべて……エルはそれに愛想笑いで返す。


「ていうか、ここダンジョンっすよ? とりあえず安全な場所に移動した方がいいんじゃ。カナメだって怪我なおしたばっかだし、考えを整理する時間が」

「どいていろ。これはこの場で決着をつけねばならんことだ」


 エリオットはエルを横へと押しのけ、再びカナメへと視線を向ける。


「今、この場で説明しろ。お前にはその義務がある」

「……俺だって、そんな何もかも説明できるわけじゃありません」


 睨むエリオットをカナメは睨み返し、ゆっくりと立ち上がる。

 何を言うべきかとグルグルしていた頭は、スッキリしている。

 ここまで仲間に庇われて、それでも何も言えないでいるなんて嫌だ。

「疑惑の一団」なんて括りにされるのは、絶対に嫌だ。

 その一念が、カナメの思考を整理する。


「この事態についてもか?」

「アレはたぶん、俺の魔法を利用して生まれた何かです。絶対にそうだという確信はありませんけど」

「お前の魔法、か」


 クレスタ、と二人が叫んでいたことをエリオットは思い出す。

 エリオットにはカナメの矢作成クレスタとラファズの矢を象れクレスタの違いなど分からない。

 しかし、「魔法のような効果を発する矢を生み出す魔法」であることだけは想像がついていた。

 そして、エリーゼが一本の矢に魔法を叩き込んだ後にラファズが出てきたのも見ていた。

 矢から人間……のようなものが生まれるなど想像も出来ず頭の中で繋がらなかったが、神の魔法という言葉はそれを心象的に補うものとしてエリオットの中で繋げていた。


「此処に来たのは、此処で作った矢……光獄の矢ラファズアローをどうにかする為です。ダンジョンで生まれたものはダンジョンで消すべきだと思ったし……何かあっても町中で起こるよりはいいと判断しました」

「……それでダンジョンに行きたがった、というわけか」


 話は破綻していない。クレスタなる魔法はエリオット自身も見ているし、それが凄まじい効果を発揮するものであることも見ている。

 問題があるとすれば、一点。


「……何故、このタイミングでそれを思いついた?」

「無限回廊で、それを示唆するものを見たからです」


 無限回廊、という言葉に周囲がざわつく。

 それに入れるものは伝説に語られるような英雄や王だと言われているからだが……同じようにざわつくことはせず、エリオットはカナメをじっと見つめる。


「ならば、お前は何だ。人か? それともあのラファズを名乗る化け物の言うように神……レクスオールなのか?」

「俺は人のつもりです。レヴェルも、ヴィルデラルトも俺をレクスオールだっていうけれど……あまり、自覚はないんです」


 異世界だとか生まれ変わりだとかという言葉はカナメは意図的に避けた。

 理解してもらえるかは怪しかったし……何より、神々のほとんどが死んでいるらしいという事実を伝えていいものか判断がつかなかったからだ。


「……ならば」


 エリオットが何かを言いかけた瞬間、ドタドタと複数のヴェラール神殿の神官騎士達が広間へと駆け込んでくる。


「よかった。ご無事でしたか! 轟音が聞こえてきたので何かあったかと……!」

「な、なんだ? 何故お前達まで此処に?」


 元からいた三人の神官騎士が驚いた様子を見せるが、やってきた神官騎士達は「命令だ」と答え、一人がカナメの元へとやってくる。


「カナメ様、セラト神官長より伝言です。神聖会議の準備が整ったので戻ってきてほしい……とのことです」

「えっ」

「さあ、お早く。帰りは我々も護衛に加わります」


 カナメはエリオットに視線を向けるが、エリオットは話はこれで終わりだと言うかのように無言で剣を鞘に納める。

 納得してくれたのかは分からないが、カナメはこれだけは言わねばならないと口を開く。


「……俺は、神だなんだって威張ったり好き勝手するつもりはないです。それは」

「そうか」


 分かってほしい、と。

 そう言う前にエリオットは歩き出す。

 それが肯定なのかどうかは分からないが……分かってくれたものと信じるしかない。

 神官騎士達に急かされるまま、カナメとエリオットの対話は終わり……そうして、再びダンジョンから帰還した。


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