残された謎

 広間全体を包む爆発が過ぎ去ったその後……そこに立っているのは、カナメ一人であった。

 全力を超えて展開した魔力障壁マナガードはしかし、当然のように身体の許容する限界を超えた。

 それ故に、限界を超えて放出した魔力はカナメの身体を内部から傷つけている。

 魔力はまだまだたっぷり余っている。しかし、身体がそれについていっていない。

 カナメの内にあるのが神の魔力であることを考えれば仕方のないことではあるが、自分の未熟さを痛感してしまう。


「ヴ……ァッ……」


 カナメの弓神の矢レクスオールアローと、ラファズの破壊神の矢ゼルフェクトアロー

 二つの矢がぶつかり合った事による余波は大きく、カナメの後ろの通路にまで広がらぬようにと最大規模で展開した魔力障壁マナガードは「人としての限界」を大きく超えた。

 だが、守った。

 ごぼり、と。口の中から溢れる血がダンジョンの床へとボタボタと垂れていく。

 まだだ。

 まだ、倒れられない。

 ラファズは、と見回して。何処にもその姿が無い事に安堵する。


「カナメ!」

「カナメ様!」

「カナメさん!」


 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 ならば、振り返らねばならない。

 たぶん勝った。ならばもう安心だと手を振ってやらなければならない。

 そう考えて、振り返ろうとして。カナメの身体は、ぐらりと大きく傾く。

 立っているだけでやっとであった身体は、回転しようとする動作に耐えられない。

 カナメの身体は、そのままフラリと……糸の切れた操り人形のように崩れて。


「よ……っと……と……わっ!?」


 誰より早く到着したアリサの腕の中に、抱え込まれ……アリサはそのまま、尻餅をつくようにして地面に倒れ込む。

 なんとかカナメを床に落とさずに済んだアリサは安堵しながら、しかしカナメを見て真剣な表情になる。


「……カナメ、カナメ! 聞こえる!?」

「アリサさん、そのまま! 再生薬を使います!」


 持ち前の強靭な脚力で駆け寄ったイリスがアリサの側で膝をつくと、服の中から一本の小さな瓶を取り出す。

 ちょうど人差し指くらいの大きさの紫色の液体の入った瓶を一瞥すると、アリサはカナメの口を開けさせる。


「……よし、詰まってない。呼吸は荒いけど出来てる。なら……」

「ええ。ですが一滴ずつ流します。アリサさん、申し訳ありませんが」

「分かってる。やって」

「私もサポートするです」


 カナメをしっかりと支えるアリサとルウネに頷き、イリスはカナメの口の中に開けた瓶の中身を少しだけたらす。

 そう、この再生薬とは傷を治す薬のことだ。怪我を癒し、品質によっては失った部位すら元に戻す奇跡の薬。

 勿論その品質によるが、腕を生やす程のモノとなれば金貨千枚以上の価値があるという。

 イリスが使っているものはそこまでではない、がそれなりのもので。

 しかし、この再生薬は「身体の中に取り込まねばならない」という弱点がある。

 その代表的な方法が「飲む」ことであり、先程血を吐いたカナメが飲めない状況にあるならば、別の手段を考えねばならなかったのだ。

 神官の専売特許ともいえる癒しの魔法の類であればそんな手間はないのだが、瞬間的な魔力の使い過ぎで身体を傷つけたカナメに魔力を流すのは一時的とはいえ更なる悪化を招く恐れもあった。


「カナメ様、カナメ様!?」

「落ち着いてください。今薬を入れています」


 続けて到着したエリーゼがオロオロとするが、どうすればいいかは分からない。

 専門家のイリスに任せるほかはなく、しかし安穏としていられる程薄情でもなく。

 落ち着くのが一番と分かっていても落ち着けるはずもないし、だからといって何をすることもできない。

 イリスが少しずつ流し込んでいく再生薬はカナメの中に吸収されていき……真っ青だった顔色は少しずつ赤みを取り戻していく。


「う……」

「カナメ様!?」

「う……わあっ!?」

「あだっ」


 皆が自分を覗き込んでいる事に気付いたカナメが慌てて起き上がるが、やはり覗き込んでいたアリサの顔に当たってしまう。


「え!? あ、ご、ごめんアリサ!」

「あー。いやあ、いいよ。とりあえず元気になってよかった」


 笑うアリサに再度謝りつつも、カナメは自分の身体が完全に元の調子になっている事に驚く。

 いや、元の調子というよりは……元よりも良くなっているような気がする。

 確か再生薬と言っていたな……と思い出し、カナメはイリスに頭を下げる。


「イリスさんも、ありがとうございます。確か再生薬って凄い高い……」

「いいんですよ、カナメさん。無茶をするのは考え物ですが、私達の為の無茶でしょう? この程度の薬を使うのは当然の事です」

「ルウネも、エリーゼも……心配かけてごめんな」

「いえ、そんな……」

「……」


 首をぷるぷると横に振るエリーゼとは対照的に、ルウネはしょぼんとしてしまっている。

 その様子にカナメは「どうしたんだ?」と声をかけてしまう。

 いつもマイペースなルウネにしては珍しく、そんな様子に思わず出てしまった声であるが……ルウネは小さく「ごめんです」と返してくる。

 しかし謝られても、カナメには何のことだかサッパリ分からない。


「え? あー……え? な、なんで?」

「ルウネが一撃で極めていれば、そんな状況にさせなかったです……未熟です」

「そ、それを言うなら私がもっともっと強い魔法を使っていればそもそも戦闘には!」

「ルウネが悪いです」

「いいえ、私ですわ!」


 言い争いを始めてしまった二人にカナメは狼狽えつつも「ちょ、ちょっと待って!」と声をあげる。


「相手が相手だったんだから仕方ないって。それに、元を正せば俺が……」

「そう、そこだ」


 黙って近づいてきていたエリオットが、抜き身の剣をカチャリと鳴らしてカナメに突きつける。


「説明してもらおう。あのラファズとかいう奴の事も含め……全てだ」

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