祝福されぬ欠け月3

 カナメと、ラファズ。

 二人以外が通路へと撤退していなくなった広間で、二人は撃ち合う。

 仲間の通路への撤退を望んだカナメの提案をラファズはアッサリと受け入れ、渋るアリサ達をなんとか宥めながらカナメは通路へと避難させた。

 先程のラファズによる障壁は、間違いなく魔力障壁マナガード

 ルウネの攻撃を見るに、ラファズの身体を覆うそれは破れないわけではないだろう。

 今は消えているようには見えるがその実、ラファズの身体の周囲に薄く纏うように展開されているのが分かる。

 もう一度全員で……全力でかかれば、あるいはラファズを打倒できるかもしれない。

 しかし、そうなった時にラファズがどういう行動に出るか分からない。

 ラファズの望みがカナメとの撃ち合いであるというならば……今はそれしかない。

 そして、それをするというのなら。周りには誰もいない方が都合がいい。


矢作成クレスタ暴風の矢ボレアスアロー!」

矢を象れクレスタ狂風の矢ギルアスアロー!」


 二つの矢の生み出す風が正面からぶつかり合い、打ち消し合って。

 カナメは即座に矢筒から一本の爆炎の矢ボルカノンアローを抜き出し放つ。


矢を象れクレスタ拒絶する怨光の矢エリケウンアロー!!」


 赤い矢と黒い矢がぶつかり合い、爆炎と黒光が打ち消し合うようにして消えて。

 

「う、おおお!?」


 すでに放たれていた別の赤い矢に気付いたラファズが飛びのいた場所に着弾した炎柱の矢ファイアピラーアローが真っ赤な炎の柱を噴き上げる。


「やるじゃないか父さん……ならこれをどう防ぐ! 矢を象れクレスタ光獄の矢ラファズアロー!」


 それは回避不能の矢。

 着弾地点を中心として光の檻を形成し、乱反射する光が檻の中のものを蹂躙する殺戮の矢。

 撃たれたが最後、なんとかして防御するしかないその矢に……カナメは正面から別の矢を放つ。

 赤黒く輝くその矢は放たれると同時に解け火へと変わり、ラファズの光獄の矢ラファズアローを呑み込み溶かして消える。

 それは初手でラファズがカナメの縛り付ける鉄枷の矢アインズジャックアローにやったのと同じ手であり……つまり、魔力で出来た矢を効果を発揮する前に別の矢で消滅させるという手段であった。

 そして、下手をすればその場で発動していたかもしれない光獄の矢ラファズアローを消滅させた矢の名は葬送火の矢レヴェルフレイムアロー。視認した対象に絡みつき燃やすという……この状況にピッタリの矢だ。


「くくっ」


 楽しそうに笑うラファズとは逆に、カナメは真剣な表情で戦況を分析する。

 ラファズが今の所使ってきている主力は、このダンジョンの光から生成される矢の数々。

 暗き光の矢オウルスアロー盲人の矢ウェルズアロー黒光の矢デムライトアロー呪光の矢エイハスアロー光獄の矢ラファズアロー拒絶する怨光の矢エリケウンアロー

 カナメがあの時名前だけ知った万物灼く滅光の矢ウル・ラウラーレアローについてはまだ使ってきていないようだが……風の矢に関しては先程使ってきた狂風の矢ギルアスアローとかいう矢くらいのものだ。

 それが何故かは分からないが……まさか、遠慮しているというわけでもないだろう。

 ならばとカナメは、試す為に風を掴む。


矢作成クレスタ逃れ得ぬ風の矢ハルティールアロー

「またその矢か……! 矢を象れクレスタ狂風の矢ギルアスアロー!!」


 対象に絶対に命中する逃れ得ぬ風の矢ハルティールアローを、狂風の矢ギルアスアローの巻き起こした暴風が襲う。

 威力としてはかなり低い逃れ得ぬ風の矢ハルティールアロー狂風の矢ギルアスアローの超広範囲の暴風では、当然狂風の矢ギルアスアローが勝つかのように思えたが……逃れ得ぬ風の矢ハルティールアローはそれをも潜り抜けて飛び、ラファズの障壁を貫き刺さる。


「……やっぱり。風の矢は、それしか使えないんだな」


 二人の放つ矢は、互いの障壁を突き破る。

 矢はそれ自体が強力な魔法の品であり、いわば極小サイズに圧縮した濃厚な魔力の塊であるわけだが……それ故に如何に回避するか、如何に打ち消すかがこの撃ち合いのカギになる。

 逃れ得ぬ風の矢ハルティールアローの場合、同じ必中の矢で撃ち落とすのが定石。

 それをしないということは、すなわち「出来ない」という宣言に等しい。

 確信を抱くカナメに、ラファズは哂う。


「ああ、そうだ。私がやっているのは父さんの真似事に過ぎん。その魔法の凶悪な本質は、私に再現は出来ない」

「凶悪な、本質……?」

「だがな、私にだってこのくらいは出来るぞ?」


 黒弓を真正面に構えたラファズの手元に、魔力が集う。

 周囲の空気がビリビリと震える程のソレが何であるかを察し、カナメは「まさか」と呟き弓を構えなおす。

 そして、カナメの手元にも魔力が集う。いや、奪い合う。

 互いにこの場の魔力を奪い合い、足りぬ魔力を自分の中から継ぎ足して。

 そうして、二人は唱える。


矢作成クレスタ

矢を象れクレスタ


 それは、矢の魔法。

 戦いの始まりを告げると言い伝えられる、伝説の矢。

 その荘厳さ故に魔法士達が再現しようと研究する事も多い、あまりにも有名な一矢。

 そう、それはすなわち。


弓神の矢レクスオールアロー

破壊神の矢ゼルフェクトアロー


 二本の矢が、顕現する。

 片方は黄金。

 片方は漆黒。

 カナメとラファズは、全く同じ動作で全く違う矢の名前を唱えた。

 けれど、分かっている。

 この二つの矢は、限りなく似通ったものであると。


「……一つ忠告してやるよ、父さん」

「俺は父親なんかじゃ」

「いいから聞け」


 カナメの言葉を遮ると、ラファズは矢を構えたまま……カナメにしか聞こえない大きさで囁く。


「無限回廊なんてものがあるのに、何故神々は死んだのか。考えてみるんだな」

「……! どういう……」


 どういう意味だ、と。問う声は弓を引き絞る音で断ち切られる。

 問答はすでに終わり。

 放たれた漆黒の光と、少し遅れて放たれた黄金の光はぶつかり合い………広間全体を包む、大爆発を発生させた。

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