破壊せよ

「確認しますけれど、思いっきりやって構わないのですわよね?」

「ああ。全力でやってくれていい」


 杖を構えたエリーゼはカナメの返事に、ふふんと声をあげて笑う。


「……では、このエリーゼ。カナメ様に私の魔法の威力をご覧にいれますわ」


 微笑みながら、エリーゼは杖に魔力を込めていく。

 振り返れば、エリーゼの魔法をカナメにじっくり披露する機会は中々無かった。

 防衛戦の時は色々と必死であったし、あまり時間のかかる魔法は撃てなかった。

 しかし、今は違う。時間はたっぷりあるし、いくらでも「魅せる」魔法が使える。


「出でよ紅蓮の騎士、燃え盛る守護者。何より猛き者、何より荒々しき者。死するまで鎮まる事を知らぬ、怒りの化身よ。此処に炎の法典を記し、私は貴方に剣を与えよう」


 詠唱に答えるようにその周囲に炎が渦巻き、エリーゼを守る騎士がそこに立つかのように大きく揺らめく。

 エリーゼの杖に嵌った青い宝石は強く輝き、広間を青い光と炎の輝きが広間自体の輝きに負けぬとばかりに照らす。


「お、おお……これって結構な大魔法だぜ?」


 眩しそうに手で目元を覆うエルの言葉通り、この魔法はエリーゼでもしっかりと詠唱をせねば失敗をしてしまう程の魔法。

 その威力から大魔法でも相当に上位とされる、それは。


「炎の法は結論を貴方に示す。振りかざすは断罪の刃。さあ、荒れ狂え私の騎士よ。正しき怒りを此処に振るえ……赤の断罪剣クリムエクスヴェルト!!」


 発動と同時に、カナメ達の視界が赤に染まる。

 それは炎の壁……いや、違う。

 炎の壁と見間違う程に巨大な炎の波が、部屋を丸ごと焼き払うかのように放たれたのだ。


「うお……っ」

「うわ……!?」


 自然の炎ではなく魔法の炎であるせいかカナメ達に炎の熱が伝わる事はないが、その威容だけは防ぎようもない。

 一瞬で遠ざかっていく炎の波は恐ろしく……忘れ得ぬインパクトをその心に刻み込むだろう。

 そう、その炎の波が過ぎ去ったその後に。


「……ひどいな。あんなものをぶつけるなんて。危うく生まれる前に死ぬところだった」


 カナメに似た誰かが居なければ……の話ではあるが。


「カ、カナメ様!?」

「なんだアレは……!」


 エリーゼとエリオットが驚愕の表情で背後のカナメへと振り返るが、驚いたのはカナメも同じだ。

 カナメは矢を使っていない。

 つまり、あの矢が飛竜騎士の矢ドラグーンアローのように撃つ事で何かが現れる矢に変わっていたとしても……あいつが、ラファズが現れるわけがない。

 そうしないように、カナメの魔力に反応して現れるというような事が無いように、わざわざエリーゼに頼みまでしたというのに。

 それなのに、何故。


「お前は……どうして……」

「どうして? どうしてだと? 面白い事を聞く」


 カナメに似た「それ」は嘲笑するように笑うと、手を広げる。


「もう目覚めていた。ならば後は、いつ身体を起こすかというだけの話だろう。出来ればもう少し衝撃的な登場が良かったのだが……思ったより思慮深い。まさか撃たぬとはな」

「やっぱり……それを狙ってたんだな」

「当然だろう? それが一番いい起き方だ」

「お、おいカナメ……説明してくれよ」


 大剣に手をかけたエルがそう囁くが……カナメとしてもどう説明したものか分からない。

 このダンジョンで作った矢が何故か意思を持った。その説明で正しいかどうかすらも分からないのだ。

 だが、そう言うしかない。


「あれは……たぶん、此処で作った光獄の矢ラファズアローだ」

「はあ!? なんでそんなもんが!」

「くふふっ」


 そのやりとりの何処が面白かったのかは分からないが……「それ」は、とても楽しそうに笑う。


「そんなもん、とはご挨拶だな。私の特性を忘れたかレクスオール。いや、今のお前は覚えていないのか? あれだけ私を細かく砕いておきながら、随分と薄情なことだ」

「まさか……創世神話……」

「その通りだ女。博識だな、確か神官とかいうやつだったか?」


 イリスの小さな呟きにすら「それ」は反応し……イリスはその反応に一筋の汗を流す。

 創世神話における、レクスオールが砕いたもの。

 それは、つまり。


「ならば、貴方は……」

「いいや、私は「それ」ではない。私は数多の欠片のうちの一つ。其処に居るレクスオールに見出され「意味」と「名前」を与えられたもの」


 その言葉に、全員の視線がカナメに集まる。

 そう、確かにカナメは名前をそれに与えた。

 このダンジョンに満ちる光の中から、それを作り出した。

 だが、それは。


「それは……それは、お前を作る為じゃない!」

「そうだろうとも。だが私は生まれた。恐らくは本当の私ですらも意図せぬ生まれ方だろう。こんな会話を楽しむ理性など、私にあるはずもない」


 もはや、目の前の「それ」が何者であるかを問おうとする者など居ない。

 ダンジョンが一体何の手によるものかなど、子供でも知っている。

 ならば、それは。


「ゼル、フェクト……」

「違う」


 だが、誰かのその呟きを「それ」は否定する。


「私はその欠片ではあるが、それではない。私を呼ぶならばこう呼んでもらおう」


 そう言って、「それ」は哂う。


「ラファズ。私の名は、ラファズだ」

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