祝福されぬ欠け月
いつの間にかエリーゼの前には剣を構えたハインツが、カナメの前には棒を構えたルウネが立っている。
いつも飄々としている二人には珍しく険しい表情を浮かべ……その身体からは激しい警戒心が伝わってくる。
「お嬢様……お下がりを」
「カナメ様も、です」
ハインツの言葉にエリーゼは素直に後ろ歩きで少しずつ下がっていくが……カナメは下がらない。
いや、下がるわけにはいかないのだ。
あれは……ラファズが生まれてしまったのは、間違いなくカナメの責任なのだから。
そして、そんなカナメの心情を理解しているのか……ラファズは太い笑みを浮かべてカナメを見つめる。
「お前は……」
言いかけたカナメを手で制し、一人の男が前に出る。
聖騎士団の鎧に身を包んだその男、エリオットは腰の剣に手をかけながらも抜かずにラファズへと問いかける。
「ラファズ、だったか。私はエリオットという。問うが……貴様の言うレクスオールとは、この男の事か」
「ああ、そうだとも。次の質問はこうか? レクスオールが、何故私のような者を生み出したか、とかな?」
「いや、そんなことは今はどうでもいい」
「ほう? 何故だ?」
治安を守る聖騎士としては重要であろう事をどうでもいいと言い切ったエリオットに、ラファズは興味深そうな顔をする。
だが、エリオットの答えは非常にシンプルだ。
「必要なのは「お前が何をしようとしているか」だけだ。その他の全ては終わった後に処理すれば良い事に過ぎん」
「くくっ……なるほど、なるほど! なるほどなあ!」
エリオットの答えがツボにでもハマったのか、ラファズは楽しそうに大口を開けて笑う。
カナメであればしないであろう笑い方にエリーゼがなんとも形容しがたい顔をするが、同時に「似ているがあれはカナメとは違う」という認識が固まっていく。
双子か何かだと言われても納得出来るほどに似ているカナメとラファズの姿は、「分かっていても割り切れない」葛藤を一行の中にもたらしていたのだ。
そして、ひとしきり笑ったラファズは目の端に浮かんだ涙を拭くかのような……実際には涙など浮かんではいないのだが、そういう仕草をすると……人を馬鹿にしきったような笑みを浮かべる。
「そうだな……とりあえずは「こう」だ」
宣言すると同時に、ラファズ自身へと向かう強烈な風が吹く。
辺りを照らしていた光が消え、広間の中を闇が包む。
「なっ……!?」
ダンジョンが発見されてより一度も消えた事のない光の消失。
それは全員に混乱を齎し……しかし、カナメはそれが何であるかに気付きゾッとする。
今、ラファズは周囲の魔力を一気に集めたのだ。
空気中の魔力を、そして広間を輝かせる光の魔力を。
それ程の魔力が何処に消えたのか……考えるまでもない。
数瞬の後に部屋の中に光が戻ったその時、カナメ達の視線の先にはゆっくりと片方の腕を高く上げていくラファズの姿がある。
一体何をしようとしているのか。
強力な魔法か、それとも何か別の。
防御か、それとも攻撃か。エリオット達の一瞬の迷いの間に、その詠唱は成される。
「……弓をこの手に」
光が集う。
禍々しい輝きはラファズの手の中に集い、やがて一つの形を創り出す。
例えるならそれは、歪な月の欠け。
夜空に時折見える、輝く「その他大勢」から取り残された黒い消失。
黒の夜空にありながらなお黒い、忘れられた月の一面。
「そ、れは……」
カナメの黄金弓によく似た黒弓を掲げたラファズの姿に、カナメは絶句する。
そう、それはレクスオールの弓によく似た弓。
明らかに違っていながら、同じものであるかのように見える……しかし、確実に「違う」と分かる弓。
ならば、次の行動は。
「
「……!」
カナメは矢筒に入れていた矢から一本の鉄色の矢を抜き出し番える。
それは、このダンジョンでも放った拘束の矢……
今ならまだ間に合う。あれがやる事を止めなければならない。
その一念で矢を番え放つカナメの動きは早く、数秒もかかってはいない。
だが、その間で充分。
「……
ラファズの掴んだ光が、収縮する。
鈍く、低く遠く響く……雄叫びのような音を立てながら、ラファズの手の中で黒い矢の形をとる。
それは黒でありながら、光沢のような輝きを持つ矢。
つるりとしたその表面はしかし、美しいというよりも気味の悪さばかりが際立つ。
触れているだけで笑顔の浮かんできそうなそれを、ラファズは放つ。
ヴオン、と。
ラファズの手を離れた矢は解けて黒い線となる。
いや、それは線ではない。
文字通りの黒い光であり……それが光速でカナメの放った
黒い光の線は
「矢、が……?」
あまりにも不自然なその光景に、訪れるのは静寂。
この瞬間にも攻撃するべきだというのに、誰もが「突然不自然に落下する矢」という不気味な現象にその足を止めてしまう。
そして、その全員の前で
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