再度のダンジョンへ2

 時間は、ちょうど昼前。もう少したてば六の鐘が鳴る頃だろうか?

 冒険者達も探索に行こうという気概のある者は大体が入場を終え、露店も食事を出すもの以外はちらほらと荷物にカバーをかけ「休憩中」の札をかけているものが見え始めている。

 まあ、休憩している間に荷物を盗まれてはどうしようもないので、大抵は露店で適当に購入して自分の店に居たりするのだが……それはさておき。ともかく、中だるみする時間がやってきた。

 それは聖騎士達も同じで……ダンジョン前での受付作業が終わった聖騎士は肩をゴキリと鳴らす。

 もう少ししたら交代時間だが、今日の昼は何を食べたものか。

 露店のものは食べ飽きたし、けれど角にあるカーマ牛の煮込みは値段の割には良い。

 ちょっと足をのばせば、安くてボリュームのある定食を出す紫猫の尻尾亭もある。

 あそこの揚げ物は中々いけるし、確か良い鶏肉の仕入先を開拓したと言っていたような……などという事を考えていると、視界に聖騎士の鎧が映る。


「ん……?」


 交代が来たか、などと思ったのも少しの間。

 その聖騎士は明らかに聖騎士ではない複数の人間を引き連れているのだ。

 銀色の全身鎧を纏った連中は冒険者にも騎士にも見えるが……間違いなく昨日街を騒がせたヴェラール神殿の神官騎士である。

 それが三人、更には冒険者らしき連中が四人。レクスオール神殿の神官騎士らしい者もいるし、トドメにメイドナイトとバトラーナイトまで引き連れている。

 交代直前でこんな濃すぎるメンバーが来るとは何かの天罰かと叫びたくなるが、仕事は仕事だ。

 聖騎士は厳格な表情を作り直すと、正面から歩いてくる聖騎士に敬礼する。


「お疲れさまです。失礼ですが、こちらの区域の担当ではないように見受けられます。所属と名前をお願いできますか?」

「第七分隊長、エリオットだ。聖騎士団本部からの命令に基づく護衛の実行中だ。ヴェラール神殿の神官騎士もいるが、彼等は彼等の思惑で護衛をしている。対象は冒険者のカナメ、レクスオール神殿の神官騎士のイリスの二人。他の三人は護衛対象の仲間だ」

「全部で十人ですか……随分大所帯ですね」


 冒険者の一団だったとしても十人という人数は珍しい。

 ダンジョンの中は狭いというわけではないが、人数が多ければ良いというものでもない。

 基本は三人、最適は五人という言葉があるくらいだ。

 その内訳は三人なら前衛二人に後衛一人、五人なら前衛三人に後衛二人といったところだが……まあ、それはさておき。

 

「どうでもいいことだろう。それより入場手続きだ。リストは此処に在る」


 全員の名前を記した紙を受け取ると、聖騎士はざっと目を通す。

 リーダーは弓士のカナメ。

 冒険士のアリサ、魔法士のエリーゼ、神官騎士イリス、剣士のエルトランズ。

 更にはヴェラール神殿の神官騎士が三人に聖騎士のエリオット。


「ん? 冒険士? これはまた随分と」

「ギルドの技能証明なら受けてるよ。証明書は持ってきてないけどね」

「いや、別にそういうのはいい。単なる確認に過ぎないからな」

「冒険士……」

「一つの型に収まらない者の称号みたいなものですよ」


 呟くカナメに、イリスがそう囁く。

 職業、といえば鍛冶師だの道具屋だの騎士だのと色々ある。

 しかし冒険者の場合の「職業」は少しばかり意味合いが異なる。

 この場合の「職業」とは自分の技能紹介のようなものであり、たとえば剣を扱うなら剣士、斧を扱うなら斧士……といったところである。

 他にも罠や鍵などの知識と技能がある場合は罠士、魔法を使える場合は魔法士……など、自分の特殊な技能をアピールする際にも使われている。

 ここから派生して魔法も剣も使う魔法剣士、どんな武器でも使うと豪語する戦士などもあるが、冒険士とはその中で更に特殊だ。


「言ってみれば、私はなんでもできるぞ……って自己紹介だね。ま、今は魔法はちょっとアレだけど」

「へえ、流石アリサだな」

「もっと褒めていいよ?」


 ふふん、と自慢げに胸を張るアリサにカナメはなんとなく拍手を送るが、つまり冒険士とはそういう職業だ。

 剣も斧も槍もなんでも使えて、罠も鍵も多少は出来るし魔法だって一応使える。料理に武器防具の応急処置、野営の知識。とにかくなんでも覚えアリ。

 簡単に言えばこんな感じだが……自分の得意分野がハッキリしない頃の冒険者が冒険士と名乗る事例もあったりするので、冒険士を名乗るのは本当の実力者か自信家、あるいはどれもパッとしない奴の三種類である。

 アリサがどれかといえば、間違いなく「本当の実力者」だとカナメは思う。

 だから冒険士という称号はアリサに合っているように思えて、なんだかカナメは自分の事のように誇らしくなる。


「まあ、とにかく。ついこの前ダンジョンでは事件があったばかりです。アレ以降特に異常はありませんが……一応気を付けてください」

「ああ、感謝する」


 聖騎士とエリオットがそう言って敬礼し合うのを見て、エルが「うーむ」と唸る。


「あんな名簿一枚でオッケーだなんて、普通はないぜ。聖騎士同士だからってやつかねえ」

「あー……そうだな。ところでさ、エル」

「ん?」


 疑問符を浮かべるエルに、カナメは此処に来る間ずっと思っていた疑問を口にする。


「エルまで来なくてもよかったんじゃ……ないか?」

「いや、お前……あの流れで俺だけ行かないとか、ないだろ」

「そりゃそうかもだけどさ。でもエルにはエルの目標があるだろ? それを後回しにさせるのはなんか気が引けるよ」


 そう、エルにはエルの仲間を見つけるという目標がある。

 今のところ芳しくはないが、今日は見つかるかもしれない。

 それをカナメと一緒にいるのでは、そのチャンスも棒に振ってしまうかもしれない。

 カナメとしてはそれが心配なのだが……エルは、深い溜息をついて首を横に振る。


「余計な心配すんなバァカ! 深くは聞かねえけど困ってんだろ? 助けさせろよ。友達ダチだろうが」

「痛っ!」


 背中を思いっきり叩かれたカナメはそう叫びながらも……なんとなく悪い気はしなくて、「そうかよ」と笑いながらエルの背中を叩き返した。

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