再度のダンジョンへ

「ダンジョン? 行くの?」

「え!? ど、どうしてそんな……」

「はあ。あまり良い事とは思えませんが」


 朝食の時間に「ダンジョンに行く」と言った時のアリサとエリーゼ、イリスの反応は見事にバラバラであった。

 アリサはどうでもよさそうに。エリーゼは如何にも心配だといった風に。イリスはアリサとエリーゼの中間くらいだろうか。


「カナメ様、何もこんな時に行かずとも……」

「あ、いや。なんていうか……上手く説明は出来ないけど……「行かなきゃいけない」んだよ」


 身を乗り出してくるエリーゼにカナメがそう言うと、エリーゼは察したように静かに座りなおす。

 いや、エリーゼだけではない。アリサもイリスもピクリと反応してじっとカナメを見つめる。


「まあ、そうだろうなとは思ったよ。私達はついていかなくていいの?」

「そ、そうですわよ。こういう時に支え合ってこそ……!」

「う、うーん……」


 まあ、話せばこういう反応になるだろうなとはカナメも思っていた。

 しかし正式にエリオットについてきて貰う事になって引き継ぎでバタバタしている以上、話さないというわけにもいかない。

 もっと正確に言えば、あの夢に出てきていたアリサにだけはついてきて欲しくはあった。

 無限回廊の見せた光景がいつのものであるのかは分からないが、アリサがああなっていた以上はアリサと離れるのはどうにも恐ろしい。

 だが全て説明できない状況で「アリサにだけついて来て欲しい」などと言うのは後が怖いし、こっそり二人きりになれるとも思えない。


「て、あれ?」


 静かに席を立ちあがったイリスに、カナメは視線を向ける。

 イリスの食事は綺麗に片づいており、食器を片す為に立ち上がったのかと見ていると……イリスは食器を持ち上げ、ニコリと笑う。


「では、すぐに準備をしますので。少しお待ちくださいね?」

「え」

「い、イリスさん!?」


 有無を言わさず食器を片し階段を上がっていくイリスを見ていたエリーゼは、慌てたように立ち上がる。


「カ、カナメ様! 私も絶対についていきますわ! 置いて行ったりしないでくださいましね!?」

「あ、ああ」

「じゃ、私も行くとしようか。一人仲間外れってのもアレだし」


 アリサもそう言って笑い、スープを飲み干し立ち上がる。

 その様子を見ていたエリオットが溜息を一つつくが……何度か呆れたように首を振った後に、再び神官騎士達と打ち合わせを再開し始める。


「あ、エリオットさん。すみません……そういうわけで人数が追加に……」

「今さら構わん。だがサラサの奴も休憩だったな……」

「ああ、ならば我々から三人出しましょう。どのみち我々はカナメ様達の護衛を申し付けられておりますので」

「いや、しかし」

「これを貸しなどと言うつもりはありません。我々も職務を遂行しているだけですので」

「むう、ならば……好きにされるといい」


 エリオットと打ち合わせをしていた神官騎士は頷くと周囲の神官騎士を呼び集め何事かを話し始める。

 恐らくは誰が行くかの打ち合わせなのだろうと察したカナメは、すみませんと頭を下げる。

 ますます大事になってきてはいるが、もはや仕方が無い。

 ダンジョンで光獄の矢ラファズアローを処理することで何事もなく終わればいいのだが……どうにも、そうなるとも思えない。

 しかし、何もしないというわけにもいかない。

 無限回廊の映す光景は、いつだってすぐに行動しなければ間に合わないものだった。

 ならばきっと、今回だってそうであるだろうし……あのラファズも、いつまでも大人しくしているとも思えない。

 何となく放置する事も出来ずに持って来ていた、布に包んだ光獄の矢ラファズアローに軽く触れ……カナメは静かに考え込む。

 ラファズ。ただの冗談やかく乱するための嘘かもしれないが、カナメのことを父さん呼ばわりしてラファズと名乗った以上は光獄の矢ラファズアローとの関連を無視するわけにはいかない。

 矢にそんな意思が宿るなどとはお伽話か何かのようではあるが……材料にしているモノのことを考えれば、ないとは言えない。


「……あっ」


 そこまで考えて、カナメは顔を青くして立ち上がる。

 そう、それを忘れていた。

 ダンジョンでは「風」以外はダンジョンそのものしか材料が無い。

 しかし、光獄の矢ラファズアロー一つでこの騒ぎであれば他の矢を作るというのは言語道断だ。

 となると……今のうちに矢を作るしかない。

 

「ちょ、ちょっと俺も準備してくる!」


 今すぐ手に入る材料は土や水、といったところだろうか。

 火も厨房で手に入りそうだが、他のものはどうか。


「あ、ダルキンさん! いらない木屑とか鉄屑があれば頂けると!」

「いらない鉄屑って」

「木屑は一山で銅貨十枚、鉄屑は一山で銀貨一枚ですな」


 なんであるのさ……というアリサの呟きが聞こえてくるが、それどころではない。


「あ、それとちょっと厨房で火も」

「銅貨二十枚」

「さ、財布とってきます」

「お爺ちゃんの守銭奴」


 ぼそりと呟くルウネに、ダルキンは知らん顔で食器を洗い始めた。

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