やるべきこと

「あ、カナメ様。おはようで……す?」

「ん、おはよう」


 目を覚ましたカナメは、そこに居たルウネに返事を返すと同時にベッドから起き上がる。

 キョロキョロと辺りを見回し……備え付けの棚を開け、中から縦長の包みを引っ張り出す。

 厚手の布で包まれたそれを解くと、中からは数本の矢が現れる。

 どの矢も店売りの矢とは違う、特殊な形の矢ばかりだ。


「なんですか、それ? どれも結構な魔力を感じるです」

「ん……」


 返事を濁しながら、カナメは一本の矢を取り出す。

 それは薄く発光する、捻じれた白と黒の二色の矢。

 ダンジョンの中でカナメが作った光獄の矢ラファズアローだ。

 あの時、ドガールとの戦いの中で作ったはいいが、使えずじまいでいた一本だ。

 結局使う機会もなく、かといって放っておく事も出来ず持ち帰ってきてしまったのだが……やはりあのダンジョンの中で無理矢理にでも使ってしまうべきだったとカナメは矢を握りしめる。

 カナメの想像になるが、あのラファズとか名乗っていた奴は光獄の矢ラファズアローと絶対に何か関係がある。

 ……いや、それどころか……この矢こそが「ラファズ」なのではないかとすら考えてしまっている。

 あのラファズの発言は、それを充分カナメに想像させ得るものだった。

 そうでなくとも、これが充分危険な事は理解できている。この矢は、今すぐにでも処分してしまった方がいい。

 だが、何処で?

 外でこんなものを撃てば、どうなるか分からない。

 ……ならば、ダンジョンだろう。ダンジョンのものはダンジョンに返すのが自然だし……何かあっても、外でそれが起こるよりは大分マシだろう。

 

 問題があるとすれば……無限回廊で会った「ラファズ」を名乗る奴の事だ。

 突飛な発想ではあるが……もし、この矢からアレが出てきたとしたら……その時は、カナメ一人で対処できるのだろうか?

 

「カナメ様?」


 自分の顔を覗き込んでくるルウネに、カナメはちらりと視線を向ける。

 ルウネは恐らく強い。手伝ってくれと言えば、手伝ってもくれるだろう。

 しかし、この問題に巻き込んでもいいものかどうか。

 いや……そういう考え自体が間違っている。むしろしっかりと話をするべきなのだと、カナメは小さく拳を握る。

 

「……ルウネ」

「はいです」

「今から俺が、命が危ないかもしれない事に挑戦するって言ったら……どうする?」

「ついていくです。嫌だと言っても、無理矢理です」


 即答。

 一瞬の迷いもない上に、念押しまでついてきた。

 その事実に、カナメは苦笑する。


「ちなみに、言わずに行くのも無駄です。ルウネはお風呂とトイレ以外なら何処にでも着いていくです」


 お風呂とトイレは許可があれば、と付け加えるルウネに「それはいいから」とカナメは断り、再度考え込む。

 恐らくこの問題は、今すぐ対処しないといけない。

 あの風景の原因は恐らくラファズであり、光獄の矢ラファズアローだろう。

 つまり何が何でもダンジョンに行って光獄の矢ラファズアローを処理しなければならないが……そうすると、問題なのが聖騎士だ。

 表に居るであろうイルゲアスはダンジョンにカナメが行くのを嫌がっていたが、それをなんとか説得しなければならないだろう。


「うーん……」

「どうしたですか?」

「いや、ダンジョンに行くのにイルゲアスさんをどう説得したものかな、と」

「いないですよ?」


 首を傾げるルウネにカナメは思わず「え?」と聞き返す。

 確か寝る前は部屋の前に居たはずだが、居ないとは……休憩にでも行ったということだろうか。

 まあ、それも当然だ。寝ずの番などイルゲアスだって冗談ではないはずだ。


「じゃあ、今部屋の前って誰かいるのか?」

「いるですよ」


 別の騎士だろうか。それはそれで説得が難しそうだ……とカナメはドアへと歩いていきガチャリと開ける。


「……目が覚めたか。朝は弱い方だと聞いていたが、そうでもなさそうだ」

「え、あ。えーと……エリオット、さん?」

「どうした。イルゲアスの奴なら今は風呂屋に行っている。奴に用があるならば言付かっておくが」

「あー……そういうわけじゃ、ないんですが」


 いかにも不機嫌そうな顔をしたエリオットに話をするのは、いかにも人当たりの良いイルゲアスと比べると難易度が高い。

 しかし、エリオットをこの場で説得せねばダンジョンには行けないだろうし……かといって夢の話も矢の話もできるわけがない。


「えっとですね。ダンジョンに行きたいんです。そんな時間はかかりませんから」

「何を言っている。寝ぼけているなら寝直せ」

「いや、目は覚めてますけど……」

「なら尚更だ。ダンジョンは観光地ではない。殺されやすい場所に自ら飛び込んでどうする気だ」


 まあ、当然そうなるだろう。

 しかし、そう言われても行かねばならない。

 かといって理由など説明できるはずもない。


「なんていうか……深く理由は説明できないんですが、どうしても行かなきゃいけないんです」


 我ながらこの説明はどうかとカナメは言ってから後悔するが、エリオットは眉間のしわを深めて黙り込んでしまう。

 怒ったのだろうか、とその威圧感のある顔にドキドキしていると……エリオットは「そうか」と静かに呟く。


「いいだろう。だが俺も同行する。少し待っていろ」


 そう言って歩き始めるエリオットを、カナメは思わず「待ってください」と呼び止める。


「……なんだ」

「え、なんていうか。え? いいんですか?」

「いいわけがないだろう。だが、こっそり行かれるよりは幾分かマシだ」

「あ、いや。あー……」


 もしダメだと言われたらそうしなかった、などとは言えない。

 ルウネの手を借りて抜け出していた可能性すらある。


「理由については深くは聞かん。だが二階層よりも下へ行く許可は出来ん」

「あ、大丈夫です。その二階層に行くつもりなんで」

「……そうか。だが日帰りの範囲だぞ」

「は、はい!」

「ならば準備をしておけ。まさか寝間着で行くつもりではないだろう?」


 言われたカナメは、慌てたように部屋の中へと戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る