破滅の夢
たとえるなら、ガラスで作られた多面世界。
あるいは、変わり続ける万華鏡の中の風景。
すでに何度目かになるこの場所が「無限回廊」であることを、カナメはすでに知っている。
その手の中にあるレクスオールの弓を握り、カナメは注意深く周囲を見回す。
この場所に来るときは、何かの警告じみた未来が見える。
それが分かっているからこそ、これから映るであろう光景を見逃すまいとして。
そこに映り始めた赤く染まった光景に、絶句する。
「え……なん、だこれ……」
赤い。
それは火の赤、血の赤、炎の赤。
石造りの建物は窓から炎を吹き出し、何処かからガラガラと崩れ落ちる音すら聞こえてくる。
道に転がる死体は鎧を着たモノもあれば、着ていないモノもある。
一体何があったのかは、映し出されるこの光景からでは分からない。
分からないが……此処が何処かだけは、理解できる。
「聖都……だよ、な」
エルと、ルウネと、アリサと見た光景。
イリスを探して跳び回った光景。
すっかり見慣れた街が……聖都が、炎に包まれているのだ。
一体何故。その答えを無限回廊が示したことはない。
無限回廊が示すのはいつだって、これから起こる「何か」のみ。
けれど、けれども。
こんなものを、どうやって防げというのか。
個人を助けるのとはわけが違う。
混乱するカナメの耳に……聞き覚えのある声が、届く。
「俺の、声……?」
それを認識した瞬間、カナメの目の前に「その光景」が映し出される。
燃える街の中。
その中で蹲るようにして誰かを抱きかかえるカナメと……その腕の、中の。
「泣か、ないでよカナメ。なんていうか……困る」
「だって……アリサ! こんな、こんなの!」
アリサ。
赤い光景の中で、なお赤い何かに染まったアリサが、そこにいる。
一体何が。
どうしてそんな。
そこの「俺」は一体何をしていたのか。
無数の疑問がカナメの中を埋め尽くし、しかし映る光景から目を離すことができない。
「上等な、死に方だと思うよ? 少なくとも、狂って死ぬわけじゃ……ない」
「違う! まだ死んでない! 今すぐ治療を出来る誰かの所に……!」
「……無理だよ。カナメだって、まともに動けない、でしょ?」
動けない。つまり、カナメが「まともに動けなくなるような何か」が起こったということだ。
ならば、それが分かれば。それさえ分かれば。
映し出されるカナメはなんとか体を動かそうとしつつも、動けずにいるようで。
この映像からでは表情までは見えないが……その身体を震わせるのは自分に対する怒りであろうと、カナメは思う。
もしあそこにいるのが自分であれば。そうなるだろうと……そう思うからだ。
「……俺の、せいだ。俺が、あんな矢を持って帰ってきたから……!」
あんな矢。
一体何の話か。
……いや、心当たりはある。けれど、まさか。
「アリサ、ごめん……俺が、油断してたから。無限回廊で「見なかった」から大丈夫だと……!」
「ああ、もう。いいってば。カナメは最後まで私に心配かけるなあ」
言いながらアリサは、腕をカナメへと伸ばす。
「あんな連中がいたんだ。どのみち、こうなってたよ」
「でも、でも……!」
「カナメは、悪くない」
違う。違う。あんな矢、と「あのカナメ」は言った。
それがどう繋がったのかは分からないが……きっと、それのせいなのだ。
ならば、処分しなければならない。
分かっている。その矢の名前は。
「
「……!?」
カナメしか居ないはずのこの場所に、もう一つの声が響く。
カナメと似た、しかしカナメより幾分か低い声。
背後から響くその声に振り返ると、そこには。
「俺……!?」
そう、そこにはカナメに似た誰かが立っている。
まるで鏡に映った自分であるかのようなその誰かがカナメと違うのは、纏っているマントが黒いということくらいだろうか。
……いや。なにより違うのは、その表情。
カナメを見下すかのようなその目と、ゾクリとする程気味の悪い笑顔。
そして何より。
自分に似ているとかそういうことではなく……カナメはこの誰かを、知っている気がした。
「お前、は……」
「おや。流石に気付かれたな」
電源が突然落ちるかのように、周囲の光景が消え去り暗くなる。
薄暗く輝く透明な壁の続く場所と化した無限回廊を見回しながら、「誰か」は楽しそうに笑う。
気付かれた、と言った。
「気付いた」のは恐らくはヴィルデラルトなのだろう。
ならば、気付かれたこの「誰か」は。
「誰だ。誰だ、お前」
「貴様がそれを聞くのか、レクスオール。私を連れてきたのは貴様だろう?」
まさか、と思う。
アレは、カナメが作っただけのもののはずだ。
しかし、目の前にいるコレは。
「だがまあ、私とて本人ではない。なにしろ本人は……いや、そんな話はどうでもいいか。話している間に追い出されそうだ」
気付けば、無限回廊は静かに回転を始めている。
少しずつ傾いていく無限回廊の中で、「誰か」はこう告げる。
「そうだな。折角だから貰った名前を名乗ろうか。私の名は……ラファズだよ、父さん?」
そう「ラファズ」が名乗った瞬間……カナメとラファズは、無限回廊を落下していった。
響く笑い声の中……カナメは「自分がするべき事」を、しっかりとその意識に焼き付けていた。
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