部屋の中で2

 夜。

 何事もないままに時間は過ぎていき……エルが興奮した様子で階段を上がってくる。

 バタバタと騒がしく階段を上がり、そのままイルゲアスと揉み合っているらしい音が聞こえてくる。


「おーい、カナメー!」

「こ、こら! 入室前に確認するから、まずは暴れるのをやめなさい!」

「邪魔すんな!」

「いた! こら、いい加減にしないと……」


 聞こえてくる声と音にカナメが慌ててドアに近づき開けると、エルが「無事だったか!」と声をあげる。


「無事って。なんで暴れてるんだよ……あ、おかえり」

「おう、ただいま!」

「まったくもう……カナメ君も、不用意に開けちゃダメですよ」

「はあ……すみません。でもまあ、一応知り合いなんですよ」


 怒ったような、呆れたような顔をするイルゲアスに謝りながらカナメが頭を下げると、イルゲアスは小さく溜息をつく。


「まあ、いいですけども……一応武器は預かるんで、渡していただけますか?」

「ほれ」

「お……っと! これ、魔法装具マギノギアじゃないですか? 雑な扱いしますねえ」

「安物だよ」


 出ていけ、とばかりに手を振るエルにイルゲアスはもう一度溜息をつくとエルの大剣を持ったままドアを閉め……部屋の中にはカナメとエル、ルウネの三人だけになる。


「俺がいねえ間に何があったんだよ? 此処にいるの、あれどっかの神殿の神官騎士だろ? おまけに店の中にゃ聖騎士までいやがる。前に言ってた話もあったし、お前まさか国の権力争いに巻き込まれてるんじゃねえよな?」

「え……と」

「まさか殺されて現場検証でもしてるんじゃねえかと思ったけど……一応生きてるみたいで、それに関しちゃ安心したけどよ」


 まくしてるエルの様子に、カナメはようやくエルが慌てたように暴れていた理由を理解する。


「あ、そうか……心配してくれてたのか」

「んだよ、悪ィかよ」

「いや……なんか、ありがとな。嬉しいよ」


 素直に礼を言うカナメにエルはヘッ、と言いながら頬を掻くと……ハインツ用のベッドに座り込む。


「で、どういう状況なんだよこりゃ。町で軽く噂になってんぞ」

「あ、やっぱり噂になってるのか」

「ったりめーだろ?」


 エル曰く、町ではこの「流れる棒切れ亭」を神官騎士が封鎖しているという噂になっているらしい。

 理由としては、中で殺人事件が起こっただの禁じられた薬物やら禁呪やらの証拠が見つかっただの……とにかく色々と言われ放題であるらしい。


「知ってるか? この周辺、吟遊詩人がウロウロしてんぞ」

「え? なんでまた……って、ネタ探しか」

「おう。連中、それが商売だしな。上手く纏めりゃ悲劇か喜劇の出来上がりってなもんだ」


 カナメはこの世界に来てから酒場に行ったのはアリサ達に連れられて行く時だけだが……広場に芸人がいるように酒場には吟遊詩人がいる。

 町から町へと旅をする彼等の詩は手軽な情報源であったり、ちょっとした高揚感に酔いしれる為のものであったりする。

 ……というのも、基本的に吟遊詩人が歌うのは定番の英雄譚からマイナーな英雄譚、そして「何処かの町で仕入れた話を纏めて詩にしたもの」などがあるからだ。

 それは新しい英雄の話として歌われたり、または悲劇として歌われたりするわけだが……そんな何処かに居る英雄の話というものは受けがいい。

 権力者が聞けば「その有望な奴は誰だ」となるし、ちょっと盛って歌えば英雄に憧れる世代の人達におひねりと共に酒の一杯を奢ってもらえたりする。

 詳しい話を聞きたいなどと声をかけられれば、更にお財布が暖かくなるという寸法である。

 故に、吟遊詩人は新しい話の収集に余念がない。


「うわあ……吟遊詩人見る目が変わりそうだよ……」

「連中舐めるなよ。あいつら、情報屋程じゃねえけど噂を扱わせたら一級品だからな」


 まあ、そんな連中までウロウロしているとなればエルが心配するのも当然だろうか。


「まあ、そんなんじゃないんだよ。ただ、ヴェラール神殿の協力を得られることになってさ。で、護衛がついたってだけだよ」

「護衛……ねえ。いよいよ大事になりやがったな」

「まあ、な。でもまあ、ひとまずは安心だろ?」

「そいつはどうだろうな」


 エルはそう言うと、声を一段階小さくする。


「大事になるってこたあ、良くも悪くも注目度が高くなる。今後どうするのか知らねえけどよ。動きにくくなるぜ?」

「ん……まあ、そうだよ……な」

「ああ」


 お前も大変だな、と言うエルにカナメは何と答えたものかも分からず頭を掻いて。

 ふと、気付いたように「そういえば」と声をあげる。


「仲間……今日は見つかったのか?」

「見つかったように見えんのかよ」


 オウコラ、と睨んでくるエルの額をルウネが指で突いて弾くと、痛かったのかエルは額を抑えて「ぐおお」と唸り始める。


「……いい奴だと思うんだけどな、エル」

「いい人だけど仲間には発展しないタイプ、です」

「それって、その使い方でいいんだっけ?」

「よくねえよ!」


 起き上がったエルが抗議の声をあげるが、ルウネは全く動じない。

 そんなルウネとエルはしばらく睨み合っていたが……やがて、エルは根負けしたように息を吐く。


「ま、いいや。精々気を付けろ……って言っても、この部屋はバトラーナイトもいるし然程」

「申し訳ありませんが」

「うおっ!?」


 いつの間にか背後に立っていたハインツにエルはガタリと腰を浮かせるが、ルウネは無表情のままで……カナメは苦笑する。

 先程ドアを開けて音もなく入ってきたのが見えていたからだが……そのまま存在感を感じさせずに立っている辺り、ハインツの方が暗殺者じみている。


「私は今夜はエリーゼ様の部屋に滞在いたします。何処の誰とも分からぬ騎士と同室させる程危険な事はありませんので」

「お、おう」

「つきましては今夜、私は部屋には戻りませんがご心配なく」


 そう言って部屋から出ていくハインツを見ながら、エルはぼそりと呟く。


「従者とはいえ男と同室の方が問題あると思うんだけどよ、それはいいのか……?」

「まあ、ずっとそうだったみたいだし……今さらなんじゃないか?」

「いや、確かアリサちゃん同室だろ? エリーゼちゃんはともかく、なあ」

「ん……ああ」


 アリサもカナメと同室で寝ていた事があるが、まあ言わない方がいいのだろうな……と。

 頷きながらもカナメは、そんな事を考えていた。

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